クリスマスピザの修理は
「ねえ、まだ直らないの?」
バイクのコネクタを外して、端子の接触具合を確かめているとクーコがやってきて言った。
「どれが原因かわかれば、スグなんだけどな」
ケンタローはクーコの顔を見ずに答える。
「原因なんて、ろううせわかんないよ。他の方法考えたほうが、 はらいんじゃない」
クーコは限定チーズ味キャラメルコーンを口のなかでもぐもぐ言わせながら、ケンタローの顔を覗き込む。
「だめだよ。こういうの放っておくと余計悪くなるんだ」
「ふーん。ねえ、お腹空かないの」
「腹減ったけどさ、こいつが……」
ケンタローが言い終わらないうちに、クーコが嬉しそうに口を挟む。
「じゃあさ、ピザ取ってあげる。宅配ピザ。トッピング何がいい?」
なんだよ、ただピザが食べたいだけじゃんと思いながらも、 ケンタローはシーフードと叫ぶ。
最近バイクで走ってると、どういうわけかメーター周りのランプが不規則に点滅する謎の現象が気になっていて、たぶんコネクタ周りのトラブルだろうと見当をつけてチェックしてみたのだけれど、とくに接触不良っぽいものは見つからない。
ケンタローが一旦あきらめて部屋に戻ってしばらくすると、デリバリーバイクがキュギュっと停まり、 誰かが階段を駆け上がってくる音が聞こえる。
クーコが「はーい」と言いながらドアを開けるより早く、ピザの匂いが先に部屋に入り込んでくる気がする。
***
どうしてこの匂いは人を落ち着かなくさせるのだろう。
こちらがなんとかで、こちらがサービスのなんとかで、 ご注文のほうは以上でよろしかったでしょうかと言うデリバリー君の元気な声が聞こえてきて、ケンタローはスマホから目を上げる。
「ピザ♪ ピザ♪ ねえ、ケンタロー、来たよピザ」
クーコが唄うように言う。
キッチンに行くと、ピザやらポテトやら、崩れた豆腐みたいなよくわからないデザートまでが、すっかり並べられている。
しかもピザ、シーフードじゃないし、とケンタローは心の中で呟く。
「何ピザ? これ」
ケンタローは緑色の生地をしたピザに顔を近づけて言う。
「え、なんだろう。クリスマススペシャル?」
クーコは自分でもよくわかっていない感じで言う。
「…うん……まあ、でも悪くないんじゃない」とりあえず、ピザでハズレはあまりない。
ピザの上にポテトとサラダを載せて、 ハンバーガーみたいにしているクーコをケンタローが呆れて見ていると、 また誰かが部屋をノックした。
「出てよぉ」とクーコが言うのと同時に玄関に向かう。
言われなくても俺の部屋だし。
「あの、すみません」
出てみるとピザ屋のデリバリー君が立っている。咄嗟に、クーコが間違って届いたピザをそのまま確認せずに受け取ったんじゃないかと考える。
「ドライバーあったら、貸してもらいたいんですけど」
「ドライバー? ドライバーって、あのドライバー?」
ほかにどんなドライバーがあるのかわからないけれど、そう聞き返していた。
「すみません。エンジンがかかんなくなっちゃって」
「どしたの?」
後ろからクーコが顔を出す。
「なんか、エンジンかかんなくなったんだって」
「ふーん。ケンタロー直してあげなよ」クーコが当然のように言う。
一瞬、デリバリー君の表情が明るくなる。バイクに詳しいとでも思ったのかもしれない。
「いや、直すっていったって」
「いいじゃん、ケンタロー修理すんのが好きなんだから」
べつに好きで修理してるわけじゃないんだけど。
結局、また工具箱を引っ張り出して デリバリーバイクの修理をするためにデリバリー君と一緒に階段を降りる。
始動させようとすると、お腹を壊した子犬のような鳴き声を出すだけでエンジンがかからない。
「セルは生きてるから、あれじゃないの。 なんかプラグとかかぶってるんじゃない」
デリバリー君は、よくわからないという顔をしている。
いろいろいじってから、これで駄目ならあきらめてもらうしかないという状態のところまで試したところで、クーコがやって来る。
「どう、直った?」
「無理っぽい」
クーコは、自分が作業監督みたいに腕を組んでいる。
「ねえ、バイト君、中に入っててもらおうよ。寒いでしょ。 そうだ、お腹空いてない? なんか作ってあげるよ」
「何それ?」
「いいじゃん。うちらがピザ頼んだからこうなったんだし」
わかったわかったという顔をすると、クーコは2割増の笑顔でどうぞどうぞと言いながらバイト君を案内する。
階段を上りながら、彼はすみませんと頭を下げている。
ふたりがいなくなると、近所の物音も一緒に部屋の中に入ってしまったみたいに静かになる。
***
そのうち、あのふたりは二度と部屋から出てこないんじゃないかという気がしてくる。
それにしても、とケンタローは思う。彼はドライバーを借りてどうしたかったんだろう。
プラグを外すためにバンクさせて傾けていたデリバリーバイクを元に戻してタバコに火をつけようとして、 ライターを部屋に置いて来たことに気づく。
ふと見ると、近くの電柱の脇にサンタの赤い衣装がくしゃくしゃに丸められて脱ぎ捨てられている。
しばらくバイクに跨って、それから階段を上ろうとして、 まさか、と思う。