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歩道橋を釣りに

梅雨がいつまでたっても晴れない。もしかしたら僕が知らないだけで、太陽が腐海に沈んだまま眠り続けているのかもしれない。

太陽が眠ったままの東京。いい加減、傘をさすのにも飽きてあてもなく甲州街道沿いを歩いていると、不意に歩道橋に話しかけられた。

「よく降りますね」

こういうときに何か気の利いた会話ができればいいのだけど、あいにく「会話」そのものがあまり得意ではない。それに、歩道橋と共通の話題ってなんだろう。思いつかない。

僕がそのまま、あいまいに通り過ぎようとしても歩道橋は僕の横にくっ付いてくる。まあ、邪魔っちゃ邪魔だ。ときどき、前から自転車に乗った人がすれ違うときにめんどくさそうな顔をするのだけど、そのたびに歩道橋は仕方なさそうに向きを変えて自転車を通す。

梅雨がこんなに続くと、歩道橋もじめじめとくっ付いてくるようになるのだ。

ネットで調べてみると、同じような状況になった人は少なくないらしい。みんな、日常生活に支障をきたして困っている。

ヤホ―知恵袋でも【至急!!】歩道橋が離れなくて困ってます!どうにかしてください、といった相談がいくつも見つかった。

いくつかのアンサーに「とにかく外に出て他に歩道橋くっ付いてる人を探してみて」「歩道橋を釣り上げる人が見つかると尚ベスト」というのがあった。どういうことだそれ。

どうやら歩道橋を振り払うには、自分ひとりでは難しいらしい。鮎の友釣りのように、他の歩道橋が縄張りに入ったときに歩道橋を追い払おうとする習性を利用して自分から歩道橋を離すのだ。


仕方なく僕は他に歩道橋がくっ付いてる人を探しに街に出る。釣り竿は持ってないけれど、どうにかなるだろう。

甲州街道に出ると、あっけなく歩道橋がくっ付いた人が見つかった。歩道橋がくっ付いた若者は完全にふて腐れてスマホから顔も上げない。水色をした歩道橋。それにしても、なぜ水色なのだろう。

まあ、おそらく空の色と同化して景観の邪魔にならないとかそんな理由なんだろうな。どうせならピンクコーラルなのとか、可視光吸収率99.99%ぐらいの完全な黒の歩道橋をくっ付けてみたい。

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歩道橋の階段を登る。ところどころ塗装が剥げたり、いびつに塗り重ねられた膨らみが目立つ以外は、とくにどうということもない。歩道橋はそれ自体が自己完結性の高いものなのだ。

さて。歩道橋の上から下を流れる車を眺めていると、ここで釣りをしたらどうなんだろうという気持ちがよぎる。

中には、うっかり釣り上げられてしまう車もあるかもしれない。けれど、それでは本末転倒だ。僕が釣らなくてはいけないのは車ではなく、この歩道橋なのだ。なんとかうまく自分にくっ付いた歩道橋を他の歩道橋で刺激して、僕から引き離さないといけない。

考えを巡らしていると、白い自転車を押しながら歩道橋を登ってきたお巡りさんが僕を見つけて言う。

「ここはこの前から釣り禁止ですからね」
「あ、はい」

お巡りさんは僕にくっ付いた歩道橋をしばらくじっと見ていたけれど、それ以上は何も言わずに歩道橋を降りていく。

歩道橋の下を水飛沫をあげ、ファーンと大きな音を鳴らしながら大型トラックが通り過ぎようとしている。荷台をよく見ると、まだ生まれたばかりの小さな歩道橋がたくさん積まれていた。

もしかしたら、歩道橋がくっ付いた僕を見つけた運転手が、あいさつ代わりにクラクションを鳴らしたのかもしれなかった。

雨はまだしつこく降り続いている。