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冷凍マネキンその後
「北大阪海流と南大阪海流がぶつかる道頓堀は餌のプランクトンも豊富で、昔から豊かな漁場として知られています」
クルーズ船のアナウンスを聞きながら、僕は冷凍したマネキンの捨て場所をぼんやり考えていた。
そもそもマネキンを凍らせるといいと教えてくれたのは叔父だ。
エアコンが苦手な叔父は、夏になると部屋に何体もの凍らせたマネキンを置いていた。
「こいつらのおかげで涼しいんだ。電気代もかからない」
いつだったか用事があって訪ねて行ったときに叔父は自慢げに言った。
けど、マネキンを冷凍させるのに電気代かからないのか。というか、そんな大きなマネキンをどうやって凍らせるんだろう。
至極あたり前な疑問が浮かぶ。叔父に聞いてみればいいのはわかってるけれど、だいたい過去の経験からそういう質問は適当にはぐらかされるのが見える。
電気代? お前はそんなの気にして生きてるのか? とかなんとか。
いや、僕が気にしてるのは電気代もだけど、どうやってマネキンを凍らせるのかってとこなんだけど。
まあでも、叔父のそういうところが嫌いではなかったのも事実。
なんていうか、浮世離れとまではいかないけれど、現実なんて自分のスタイル次第でどうにでもなるんだ。そんな叔父の生き方というか処世術みたいなものに漠然と惹かれていたのかもしれない。
*
約束にはまだ時間がある。僕は駅前にある叔父の好きだったドーナツ店に入る。店内のどこを切り取っても甘い匂いがしそうな気がする。
「冷凍マネキンお預かりしましょうか?」
店員さんが親切に僕がキャリーカートに載せていた冷凍マネキンを見て微笑む。
「冷房は効いてるんですが、それでも冷凍マネキンには少し暑いかもしれませんので」
店員さんがそう言って、キャリーカートを厨房の中に引き込む。きっと業務用の冷凍庫があるんだろう。
いや、ちょっと待って。街のドーナツ店はそんなにカジュアルに冷凍マネキンを預かってくれるものなんだろうか。それに精肉店とかならわかるけど、ドーナツ店に大きな冷凍庫って必要なんだろうか。
それでも冷凍マネキンを預かってもらえるのは助かる。
コーヒーとドーナツ。叔父はいつもゴールデンチョコレートを食べていた。僕がエンゼルクリームを頼むと「穴がないドーナツなんてドーナツじゃないな」と口の中をボソボソさせながら言ってた。
「楽観主義者はドーナツを見る、悲観主義者はドーナツの穴を見る」
なにそれ? 相変わらず叔父はボソボソ言ってる。
オスカーなんとかって詩人の言葉だよ。お前はどっちを見てるんだ?
べつにどっちも見てない。ドーナツはドーナツでしかないんじゃないの。それが答えだったけど、もちろん叔父には言わなかった。ほんの0.001%ぐらいは叔父の言ってることに何か引っかかるものがあったからかもしれない。
街を行き交う人をぼんやり見ているうちに時間になる。
僕はドーナツ店を出て駅に向かう。もちろん手ぶらで。僕は一瞬だけドーナツ店の冷凍庫を思い浮かべる。
甘い匂いのする冷凍庫に並べられたマネキンの叔父や他のマネキンたちのことを。
#冒頭3行選手権 の短編バージョンです