スピリチュアルマスターの独り言30「アイデンティティー」
今日からイギリスのコレット・スタブの「二重の和」というワークショップを始める。春分、秋分には、毎年、新しい学びをスタートさせていて、すでにファシリテータートレーニングを受講している皆さんが参加してくださるが、今回は、初めての方にも参加していただける。
スピリチュアルな学びとは、スピリットを理解することである。
自分のスピリットと人間の意識を一致させていくのだが、そのためには、自分は何者か
WHO AM I? と問いかけ
WHO I AM と理解し、自分に戻っていく。
この道のりは、永遠である。
どんな人でも、あなたは誰ですか? と聞かれれば、その時の意識レベルで答えられる。しかし、意識レベルが変わるにつれて、答えも変わり、
意識レベルは、自分の根源に向かって、永遠に上昇し続ける。そのため、WHO I AMの理解は、永遠に追い求めることができ、その都度、その都度、新たな自分へと上昇していく。
それがスピリチュアルな学びである。
あなたは誰ですか?
私は(名前)です。私は(性別)です。私は(仕事)です。私は(国籍)です。
から始まって、この永遠のテーマの探究は、毎回洞窟の分厚い壁にぶち当たり、突破を繰り返しながら進んでいく。
ただし、この洞窟に入っているということは、大成功の証である。一本のトンネルの中を突き進んでいるというのは、本当に安心できる状態なのだ。
難しいのは、トンネルが四方八方に分かれていて、あっち行ったり、こっち行ったりしている間に、どっちの方向に行けば良いのか、どちらが自分の源なのか、すっかり分からなくなって彷徨ってしまうことなのだ。
こういうケースの場合、自分は自分のことを良く理解し知っている、と感じている。なので、壁があると、自分でも知らない奥深さを目指すのではなく、自分が知ってると思える範囲で動ける違う道へと移動するのだが、その結果は、新たなレベルへの到達ではなく、同じ場所をぐるぐる巡ることになる。
なので、壁にぶつかりながら、苦しんでいるとしたら、それは成功している、と言えるのである。
壁は、先に進むほどに分厚くなるが、一番「遠さ」「永遠」を感じるのは、この向こうは光の世界という、光への最後の壁にぶつかったときなのだ。
エンライトメント、菩薩レベル、なんと!すごいレベルであるが、その時、「WHO I AM」がやっと分かり始める。それまでは、WHO AM I の探究が続く。
今回のワークショップは、まさに、この探究の最終段階なのだ。
コレットは、通訳に慣れている私には、難しい言葉はないと言ってくれるが、資料が送られてくると、使い慣れた単語も全部、再考察する。
でた!アイデンティティー!!こういうのが、本当に難しいのだ。その時、その時で、説明、解説、違う日本語にする必要がある。心理学だったら自我同一性とか、数学だったら恒等とか、身元とか身分証明とか、認証とか!!!
なので、カタカナでアイデンティティーって言うことも多いが、ピンときてもらえるか?まさにこの言葉自体がアイデンティティーの消失なのだ。
アイデンティティーというシンプルな感覚は、私たちの遺伝子には含まれていない、を痛感し続けているこの10年。
本当の自分、何も証明しなくていい、誰にも認められる必要もない、ただのあなた、あなたの魂の個性そのものでいればいい、
最近のドラマ「将軍」を見れば、日本に個人のアイデンティティーが存在しない理由が分かる気がしてくる。だから、本当に難しいだな、と分かる。
けど、難しいからこそ、挑戦!探究、研究は本当にやりがいがある。
そして、これはどんな国籍でも、全人類が目指している課題なのだ!
WHO AM I?
WHO I AM
I AM THAT I AM
光の子供に戻る道!
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