上って下りて、下りて上って
鉄道駅から、「ミニメトロ」と名付けられた、一種のミニモノレールで街の中まで上がり、終点で降りて、さらにエスカレーターで上へ上へ。そこからさらに、徒歩で一踏ん張り上って、街の中心部へ。
ウンブリア州は、イタリアの「緑のハート」と言われる。イタリア半島のほぼ中心部に位置し、イタリアでは少数派の海無し州、お隣のトスカーナ州とよく似たような丘陵地帯なのだが、トスカーナはより乾いていて、なので特に夏の間は黄金色の風景になるのと比べて、ウンブリアは、緑が濃い。
ウンブリア州の州都ペルージャも、旧市街はご多分に漏れず丘の上にあって、電車の駅から遠い。車やバスだと延々と、いわゆる「いろは坂」をゆらゆらと上っていくことになる。乗り物に酔いやすい私は、街までちゃんと到着できるか、ちょっと不安だったりしたのだが、2008年にできたこの「ミニメトロ」は、画期的だった。
このペルージャの近くで生まれ、ちょうど500年前の1523年に亡くなった画家がいる。ピエトロ・ヴァンヌッチ(Pietro Vannucci)、通称ペルジーノ(Perugino)、つまりペルージャの人。
ルネサンス文化花開くフィレンツェで、アンドレア・デル・ヴェロッキオの工房で修業、ヴェロッキオといえば、弟子のレオナルド・ダ・ヴィンチの絵を見て、自らは筆を置いたと言われている。ペルジーノは、当時のフィレンツェらしい、線のきっちりとした写実的な画法をヴェロッキオから学びつつ、比較的早い段階で自らのスタイルを見出した。それは、柔らかく甘い表情、明るいパステルカラーでただただ美しい。人気が出て多くの注文を抱え、多くの弟子を持ち、型紙を使って同じような構図や人物像の量産した、画才とともにビジネス感覚に優れたの人だったと言う。
今年の春、没後500周年を記念し、ペルージャの国立絵画館で大規模な展覧会があって見に行った。かつてイタリア留学の最初に暮らしたペルージャは、緑のハートだけあって交通の便がいいとは言い難く、この20年で随分便利になったイタリアの新幹線フレッチャ・ロッサ(とその線路を走るイタロ)の路線からも外れており、公共交通機関だとなかなか、ローマからでもやたら時間がかかる。だが、ローマのあるラツィオ州からウンブリア州へと、ローカル電車でのんびりとたどり着いたペルージャ、住んでいた時にはなかった「ミニメトロ」にいそいそと乗り込んで街の中心部へ上がると、やはり懐かしくて、何度も深呼吸をしたい気分になった。好きだったお店、流行っていたはずのお店がなくなっていたり、でも一方で、メインストリートの老舗が相変わらず賑わっていたり。
展覧会の効果もあったのか、思った以上に街は観光客が多かったけれど、新しいお店でも昔通ったお店でも、変わらず落ち着いたサービスでじっくりと地元のお料理を味わった。そして何より、丘の上に作られた中世の街並みがちっとも変わらずにいるのが嬉しかった。急すぎる坂道や階段を、何度も飽きずに、上っては下り、下りては上ってまだ肌寒い緑のウンブリアの春を楽しんだ。
30 set 2023
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