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「共食いの島 スターリンの知られざるグラーグ」 ニコラ・ヴェルト

根岸隆夫 訳  みすず書房

ロシア文学とあるけど、著者名はロシアっぽくない…わからないけど、場所だけじゃないかな、ロシアなのは。
そうなるとロシアというよりソ連文学なのだが、これは役に立たないと国家が判断した多くの人々を、シベリアの小さな島に強制移住させた一種の虐殺のルポタージュ。
(2021 02/16)

ニコラ・ヴェルトと「集団移住」

著者ニコラ・ヴェルトはフランス人のロシア研究者らしい。
(どうやら、元々バルトドイツ系の父がロシアへ渡り、革命以後スコットランドへ亡命した、という人の息子らしい。父アレグザンダー・ワースは、マイダネク殺戮収容所の解放に立ち合い、第二次世界大戦中はソ連からBBCに戦時ニュースを送り、「戦うソヴィエト・ロシア」(みすず書房)などを著述。1969年、アレグザンダーはパリで自死した。ニコラ19歳の時。プラハ の春事件に絶望したかららしい。ヴェルトの英語読みがワース)

都市部から「寄生虫」「社会的危険分子」を収容し、シベリアなどへ「集団移住」させる計画がスターリン時代に動き出す。本は、1986年7月21日にオビ川沿いのナジノという村で、現地民族オスチア族の老農婦タイサ・チョカレヴァから「メモリアル協会」(ゴルバチョフ時代にこれまでのソ連の政治的抑圧の調査にあたった組織)に話した証言から始まる。オスチア族がポプラの皮を剥ぐ場所であったナジノ島がこれら強制移住者(6千人)であふれていたこと、彼らが飢えていたこと、逃亡したり村を襲撃したり、しかし小麦粉の袋は別にちゃんとあったこと(それらは腐っていったと思われる)など。
(2021 02/21)

第2章「強制移住地、西シベリア」


p35にある西シベリアでの1933年時点での4つの大問題。
1、富農撲滅運動のおかげで起きた、食糧不足、飢饉
2、カザフスタンでの大飢饉(カザフの遊牧民を強制的に定住化させたため)からの大量流入
3、匪賊化した逃亡者集団による治安悪化
4、1930年から31年にかけて行われた30万人の特別移住者の管理
匪賊の大多数は飢えとか以外に共産主義政府に対する怨みが主要目的になっていたり、一方富農を摘発する中にいる貧農出身者が個人的怨みをはらす場にしたり、地方の実情に対し中央政府の計画が差があり過ぎるなど。そしてこの時、西シベリアで共産党トップであるエイへが断りを入れるような、100万人もの強制移住が計画されようとしていた。
(2021 02/28)

退屈と汲々と淡々と

 残念だが、トムスクで「釈放された」移送者のその後については知られていない。いったいかれらはどうなったのだろうか? 帰還の禁止をものともしなかったのか? それともシベリアで生活のやりなおしをはかったのだろうか? ひとつ確かなことは、是非はともかくとして、ある日警察の網にかかったため根無し草にされ、怪しい者にされた「分子」の大群がさらに増えたことだ。
(p96)


ソ連各地から、ナジノ島などの目的地へ移送させるための中継地の一つトムスク収容所。著しく不正確な情報のみで次々移送されてくる人々は、100%シラミがたかり、移送中死ぬ者や、ほぼ動けない状態で来る者、その中には明らかに間違って摘発された人もいる。そういう人々は釈放もされたが、モスクワやレニングラード等大都市への帰還は許されなかった。p96の文で、いろいろ著者が想像していることの可能性を、著者自身が信じていない…
訳者あとがきから少し。

 その一次資料自体は、党と政治警察の事件関係者が遁辞を弄して責任逃れに汲々としている退屈な官僚文書である。ふつうの頭の持ち主には読むに堪えないだろう。ヴェルトは事実を淡々と綴って事件を説明している。
(p181)


その退屈のすぐ隣で、多くの人が次々死に絶えていく…
(2021 03/01)

共食い(人肉食)の噂について

 集団意識がみずからのほんとうの表情を鏡に映して凝視している
(p127 マルク・ブロックの言葉から)


この共食いの記述はさらっと読んでいるだけでも気持ち悪くなるものなので、ここには書かない。でもこのナジノ島の極限状態においても、共食いをしていたのは、ごく少数の者だけだったと書いてある。

エピローグでは、この強制移住(1933年)という方法がナジノ島事件などで失敗すると、そこから力点を移動して労働収容所の乱立、都市や逃亡農民等の摘発は続けられた。ピークは1937年から1938年。この時期、約80万人が銃殺刑で殺され、白海-バルト海運河をこうした囚人の強制労働で完成させた。

 モスクワの激励と地方責任者の「行き過ぎた熱意」がいっしょになってノルマ超過の力学がはたらき、ノルマは増え続けた。
(p175)


ゴルバチョフ時代から、明らかになってきたソ連時代のこうした圧制の記録を、今また封印させようとしているらしい。それとともにスターリン再評価なども教育界などでされている、という。政権の傾向は似ている気もするのだが、前政権のソ連指導者に好意を向ける、とか本当にあるのかな。
(2021 03/02)

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