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「タイタンの妖女」 カート・ヴォネガット・ジュニア

浅倉久志 訳  ハヤカワ文庫SF  早川書房

久しぶりにKindleで購入。

第1、2章

 宇宙空間、無限の外界の報賞は、三つ──空虚な英雄趣味と、低俗な茶番と、そして無意味な死だった。
(位置 46)

 実体化現象は、上品で近代的な絞首刑のように、背の高い、のっぺりした、警備厳重な塀の内部ではじまることになっていた。そして、塀の外の群集も、絞首刑場の塀の外の群集とたいそうよく似ていた。  
群集はなにも見えないことを知りながらも、現場の近くにいること、のっぺりした塀を見つめて中の出来事を想像することに、めいめいが楽しみを見出しているのだった。実体化の神秘は、絞首刑の神秘とおなじように、塀によって強められていた。病的な空想という幻灯によって──群集が空白の塀に映し出すスライドによって──ポルノグラフィに変えられていた。
(位置 64-72)


第1章、盆の暇中に読む。章の題「ティミッドとティンブクツーのあいだ」とは、「time」(及びその派生語)のことらしい。
あとは点、何回も繰り返し出てくる「時間厳守」とか「単時点的」とか訳されている「パンクチュアル」という単語…点として存在するの意味もあるというかこの物語だと含んでいるらしいのだが。

第2章

 父はローラー・コースターのキップを二枚買ったわ。わたくしといっしょに乗るつもりで。  
だけど、わたくしはローラー・コースターを一目見たとたん、なんてばかばかしくて不潔で危険な乗物だろうと思って、ぜったいに乗らないとだだをこねたの。父がいくらなだめすかしても、だめだったわ。ニューヨーク中央鉄道の会長である父がいいきかせてもね。
(位置 1070-1078)



第1章の「上品で近代的な絞首刑」という表現と同じくらい毒含む皮肉な愉しいとこ。「ニューヨーク中央鉄道の会長」なんてここでは関係ない…
(2021 08/13)

第3、4章

第3章は主にコンスタント青年の父親とそのビジネスパートナーファーン氏との話。聖書を二文字ずつ分解し、その文字から始まる会社に投資していくという父親もやり手だが、その上を行くファーン氏とのやり取りが愉しい。
第4章は短い間奏曲的な箇所で、火星の軍隊? ここに現れる新人がコンスタント青年か?
(2021 08/15)

第5、6章

火星でのコンスタント→アンクの軍隊脱走劇…ここまでもたぶんここからも、物語の内容というよりエクリチュール(書きっぷり)が広げ過ぎなんだけど…ここまで来ると、この広げ方自体が作者のやりたいことだったと確信できる。ビジネスのドラマ、軍隊のドラマ、家族愛憎ドラマ…のパクリそしてアンチテーゼ。ひょっとしたらSFというのもこうしたエクリチュールの一つにしか過ぎないのでは、と思えてくる。第5章のアンクへの手紙(それは記憶消去前に書いたアンク自身の手紙であったのだが)は、「短編小説」含めそういうエクリチュールエクスポの中のエクリチュールパレード(パスティーシュ内パスティーシュ)のような趣きが。

 中佐はそこではじめて、たいていの人間が自覚せずに終わってしまうことを自覚した──彼が残酷な運命の犠牲者であるだけでなく、その残酷な運命のいちばん残酷な手先のひとりでもあることを。
(位置 2935)


だいたいの場合、この二つはセットで訪れる…
(2021 08/16)

第7章

第7章は火星地球戦争…なんだけど、これもパロディで火星信略軍が呆気なく全滅する…そもそもの筋書きはラムファード(ナントカ漏斗に入った資本家)が全部書いてたという。アンクの妻(実際はラムファードの妻でもある)と息子はアマゾンに不時着し助かった。あとアンクとボアズの相棒コンビは、真の「相棒」になって何故か知らない(知ってるのは筋書き書いてるラムファードと、作品書いてるヴォネガット)けど、水星に向かっている。というわけで、次の第8章は水星編。
実際の本でないとどのくらいまで読んだか実感持ちにくいのだが、割合表示見ると半分は通過した。
(2021 08/17)

逆さま宇宙と自由とハルモニウム


第8、9章、水星とハルモニウム編

 宇宙船は、下降をつづけていると思いこみながら、迷路のようなチムニーをたどっていく。そして、もっとも深い穴を探しつづけるうちに、不可避的に出口を発見する。
それが不可避的にもぐりこんでいくだろう穴は、無限の宇宙空間という、底もなく、側壁もない井戸だ。
(位置 3772)


宇宙船を上下逆さまにする、という単純なオチは、無限宇宙の穴という巧みなイメージに転換する。

 そう考えて、おれはとつぜん、おれが音楽を使ってあんなに幸せに、あんなに楽しくしてやれた、あの小さなヘンテコな生き物のことを思いだした。それで外へ出てみたら、あの連中が何万と死んでたんだ。このボアズが連中のことを忘れたせいさ。自由になれるってことで興奮しすぎたせいさ。おれさえちゃんと性根を据えて、自分のやることをやってれば、連中はひとりも死ななくってすんだかもしれん。
(位置 3812)


今まで散々いろんなものをパロディにしてきたこの作品の、珍しく真面目にも見えるところ。ボアズは水星の洞窟の生き物ハルモニウムに音楽を与え、生活している。そこへ先の宇宙船上下入れ替え案を持ってアンクがやってくる。ボアズは適量?以上に音楽を与えると死んでしまうハルモニウム達を忘れて一旦宇宙船内に入る。その後、死んでしまった多くのハルモニウム達を見た後のセリフがこれ。自由とは何かを忘れてしまうほど過熱性を持つ、自由とは麻薬のようなものなのかもしれない。
(2021 08/18)

タイタンへ

次の第10、11章は、地球に戻ったアンク(結局マラカイ・コンスタント)が、ラムファードの新興宗教?で祭壇に載せられ、そして円盤で妻(ラムファードの元?妻)と息子と一緒にタイタンに飛び立つまで。
最初のラムファードの予言が実現した瞬間でもあるし、アンクの正体、妻と子の再会、親友と思っていたスティーヴンソンを自分が絞殺していたことを知るといった、今までの謎というか伏線というか答え合わせのような感じ。ここでパロディ化しているのは当然宗教であるのだが…
ここで物語の円環閉じてしまった以上、次の章のタイタンはおまけ(エピローグ…は別にある)なのか、その余り線が重要なのか…
作者としては、別にどうでもいいのか…
(2021 08/20)

大数の法則

第12章は予想以上に佳境でありまして

 一種の大学だ──ただし、だれもそこへは通わない。だいいち、建物もないし、教授陣もいない。だれもがそこにはいっており、まただれもそこにはいっていない。それは、みんなが一吹きずつの靄を持ちよった雲のようなもので、その雲がみんなのかわりにあらゆる重大な思考をやってくれるんだ。といっても、実際に雲があるわけじゃないよ。それに似たあるもの、という意味だ。
(位置 4769)


トラルファマドール星のサロという人物?が携えて来たメッセージ、それがどう書かれたか、というサロ自身の説明。クラウドシステムとかビックデータとか連想してしまう(物事の定義とか理論を理詰めで考えるより、大量のデータ処理→大数の法則の方が早い…という説もあるらしい)。

トラルファマドール星の(サロを含む)機械生命体?の創生神話…


 むかしむかし、トラルファマドール星には、機械とはまったくちがった生物が住んでいた。彼らは信頼性がなかった。能率的でもなかった。予測がつかなかった。耐久力もなかった。おまけにこの哀れな生物たちは、存在するものすべてなんらかの目的を持たねばならず、またある種の目的はほかの目的よりもっと高尚だという観念にとりつかれていた。
この生物は、彼らの目的がいったいなんであるかを見出そうとする試みで、ほとんどの時間を費していた。そして、これこそは彼らの目的であると思われるものを見出すたびに、その目的のあまりの低級さにすっかり自己嫌悪と羞恥におちいるのが常だった。    
そこで、そんな低級な目的に奉仕するよりはと、生物たちは一つの機械をこしらえ、それに奉仕を代行させることにした。これで、生物たちには、もっと高級な目的に奉仕する暇ができた。しかし、いくら前より高級な目的を見つけても、彼らはその目的の高級さになかなか満足できないのだった。
そこで、より高級なかずかずの目的に奉仕するよう、かずかずの機械が作られた。    
そして、これらの機械はあらゆることをみごとにやってのけたので、とうとう生物たちの最高の目的がなんであるかを見つける仕事を仰せつかることになった。    
機械たちは、生物たちがなにかの目的を持っているとはとうてい考えられないという結論を、ありのままに報告した。
それを聞いて、生物たちはおたがいの殺し合いをはじめた。彼らは目的のないものをなによりも憎んでいたからである。
やがて彼らは、自分たちが殺し合いさえもあまり巧くないことに気づいた。そこで、その仕事も機械たちにまかせることにした。そして機械たちは、〈トラルファマドール〉というのに要するよりも短い時間で、その仕事をやりおえてしまった。
(位置 4853-4869)

 「だれだって、自分が利用されているとは思いたくない。自分でもそう認めるのを、最後の最後まで遅らせようとするものだよ」ラムファードは歪んだ微笑をうかべた。「こういうとたぶんきみは驚くだろうが、わたしにも一つのプライドがある。愚かな、まちがったプライドかもしれないが、自分なりの理由で自分なりの決断をくだすことへのプライドだ」
(位置 5049)


創生神話にしてもこれにしても、やはりこの作品の最重要テーマは神だと思う。
より上の目的を求める生命と機械の効率性、機械に最高目的を聴いて存在しないと言われたところは近代科学の展開を想起させる、等の創生神話。
存在しないかもしれない自由意志をどうしても手放せないラムファード。この後、ラムファードはサロに「(サロは機械だから)鈍感だし、想像力もない」という発言をして、サロはそれに傷つく…間もなくコンスタント一行が宇宙船で到着するのだが、ラムファードは自身の存在のらせんを太陽系から「ふっとばす」と豪語している…というところまで。
そしてサロの宇宙船の不足部品は、クロノ(コンスタントの息子)が持ってくる。クロノが大切にしていたお守りがまさにそれらしい(神なのか、トラルファマドールの機械なのかは知らないけれど、随分と非効率な遠回りな「利用」「決定論」だなあ)。

 それなのに地球人がとにかくあれだけの意味をなすことがやれたというのは、驚くべきことだよ
(位置 5293)


とりあえず読了。エピローグは、サロの宇宙船を部品つけて直してやり、自らバラバラになったサロを組み立て直し、そしてコンスタント自身は何故かインディアナポリスでバスを待っている間に亡くなる。
(2021 08/21)

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