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「暗い時代の人々」 ハンナ・アレント

阿部齊 訳  ちくま学芸文庫  筑摩書房

はじめに
暗い時代の人間性 レッシング考
ローザ・ルクセンブルク
アンジェロ・ジュゼッペ・ロンカーリ ローマ教皇ヨハネス二三世
カール・ヤスパース 賞賛の辞
カール・ヤスパース 世界国家の市民?
アイザック・ディネセン
ヘルマン・ブロッホ
ヴァルター・ベンヤミン
ベルトルト・ブレヒト
ワルデマール・グリアン
ランダル・ジャレル
訳者後記
第二刷へのあとがき
解説 村井洋

五十嵐書店で購入。
(2021 04/10)

読む順番はテキトーで…


ヴァルター・ベンヤミン
1、せむしの侏儒


この標題は、ベンヤミンが幾度も引いたという、「少年の魔法の角笛」の中の人物。これを見かけるとついてないことが起こる…という。ベンヤミンの生涯は常に侏儒とともにいた。
ベンヤミンはゲーテ「親和力」論の中で、作品の「真実の内容」と「主題」、それらを問う「批評」と「解説」(内容が批評、主題が解説)、そして、その作品が年月を経てかえって力を増す時には、真実の内容と主題の分離が起こっている、と言っている。

 ここで直喩を用いて、力を増しつつある作品を火葬用の燃料とみなすならば、その解説者は化学者に、その批評家は錬金術師に擬することができよう。化学者がかれの分析の唯一の対象として薪と灰に託すのに対して、錬金術師はただ焔自体のなぞ、すなわち作品が生き続けていることのなぞのみ関心をいだく。かくて批評家は、過去の重い丸太と過ぎ去った生涯の軽い灰との上で燃え続ける生きた焔のなかに、その作品の真実を探るのである。
(p245)


読んでいた時には比喩巧みだな、という思いしかなかったけど、今改めて引いてみると一箇所気になるところが。何故に「火葬用」というのだろうか。あとに続く展開では「火葬用」にこだわるべき理由がみつからない。作品自体を火葬するという意味なのだろうか。

 かれ自身が自分の生涯をこなごなになったかけらの山とみていたことには、ほとんど疑問の余地がないため、その生涯をそうしたものとして語りたくなるのも当然であろう。
(p248)


ベンヤミンがもっとも注目していたのは、理論ではなく現象。こうした現象を捉えるのに有効なのが「散策」だったりする。「散策者」はあの「歴史の天使」に通じる。

 「歴史の天使」は、過去の廃墟の堆積しか見ないにもかかわらず、進歩の強風によってうしろを向いたまま未来へと吹き動かされるからである。
(p258)


断片、現象から直接上部構造に結びつけるベンヤミンの方法は、「非弁証法的」と、社会科学研究所のアドルノやホルクハイマーは思っていた。彼らとの繋がりを切ることがないようにベンヤミンは苦心していた、がその方法は変えることはなかった。
と、アレントは言う。
(2022 10/24)

2、暗い時代


ここは、ベンヤミンのパリ時代、そしてその前のドイツユダヤ人社会の思想背景が詳しく論じられる。ドイツユダヤ人社会の方では、カフカも同等に扱われる。

 ベンヤミンは、現実にはどこにも存在せず、あるいは実際上のちになるまではかくかくしかじかのものとして説明したすることも、診断することもできないような立場をとらざるをえなくなっていった。それは「マストの先端」という立場であり、ここからは安全な港にいるよりも、はるかによく凶暴な海をみきわめることができた。
(p273)


それが、ベンヤミンのいう「散策者」の立ち位置。パリでは友人付き合いはさほど多くはなかったが、パリという都市にはベルリンにないもの…ベルリンからパリへ行くと、二十世紀から十九世紀へ戻った感覚になるとベンヤミンは言っている…があり、その都市自体が彼の研究対象となっていく。
続いて、ドイツユダヤ人家庭内の背景。アレントの見るところ、ベンヤミンなどの世代の親世代は、息子達には(自分たちがやっている)金もうけよりも、ユダヤ教の信条など高尚なものを目指して欲しいと願っていたようだ、それを受けて…

 もっとも、この世代には父と子の間に相剋がなかったという意味ではない。むしろ、この時代の文学にはそうした相剋が充満しているし、またフロイトがかれに患者を提供してくれたドイツ系ユダヤ人の社会とは異なった国と言語のなかで生活し、かれの研究を続けていたとするならば、われわれはエディプス・コンプレックスといった概念に接することはなかったかもしれない。
(p278-279)


このような場合、息子が才能持って活躍したり、或いは高い理想を持って共産主義運動に飛び込んでいたりすれば、この親世代は喜んで追認しただろう。ただ、そういう解決法を取らずに父と子の相剋が顕になったのが、ベンヤミンでありカフカ であるという。
(フロイトの精神分析に対する、ここで見られるような指摘は、他でもいろいろとあったような)
今日の最後に、ベンヤミンが述べる(「一九〇〇年前後のベルリンの幼年時代」)来客の前に家の食器類を見せびらかす場面を引いてみる。

 必要な数の一〇倍どころか、二〇倍にも三〇倍にも達していた。私がコーヒー・スプーンやナイフ台、フルーツ・ナイフやオイスター・ナイフなどの長い長い列をみていると、このように豊富であることの喜びが、招かれてくるはずの人々も、われわれの刃物類と同じように、皆同じに見えてしまうのではないかといった恐怖と争い始めるのだった
(p283)


主役は客ではなく食器類…とまではいかなくとも、この食器の繰り返しという要素が、そのまま客達の性格にもすり替えられる…ということを考えてみる。ここでの少年が、のちに複製芸術とアウラについて考察した人物になるとすれば…
(2022 10/25)

3、真珠採り


ここでは、ベンヤミンの収集家として、そしてそれを引き継ぐ引用文収集家としての仕事について。

 革命家と同じく収集家も「遠い未来の、あるいは過去の世界に通じる道だけではなく、同時によりよい世界への道をも夢想する。そうしたよりよい世界では、たしかに人々は日常世界で与えられている以上に必要とするものを与えられてはいないが、しかしそこでは事物が有用性という苦役からは解放されている」
(p304)

 今世紀の初頭に生じた伝統の破産が-すでにかれをこうした破壊の作業から解放しており、ただかれはこなごなになったかけらの山から貴重な断片を選ぶために、身をかがめればよかったからである。
(p308)


上の文章は革命家と収集家という一見正反対のようなものを結びつける…そして確かに共通する素養みたいなのがありそうだな、と思わせる。
一方下の文章は、ひょっとして「収集家」が誕生したことにより伝統は破産したのでは…とも勝手に想像してしまう。
(2022 10/26)

 科学がいわば遊牧民のように言語の領域をあちこちと動きまわることに満足し、言語の符号的性格という確信に満足しているかぎり、科学の用語のなかでは無責任な恣意しか生み出されないからです。
(p311)


科学と遊牧民という正反対のイメージがある言葉を結びつけながら、ベンヤミンの初期の言語哲学は語られる。まだまだベンヤミンの知らない側面は多い。

 腐朽の過程は同時に結晶の過程でもある
(p317)


ばらばらになって断片化し、海の底に沈んだもの。底で結晶となり、そして真珠採りの来るのを待っている。
(2022 10/27)

ベルトルト・ブレヒト


ここでアレントが論じているのは、主にブレヒトの詩。そして主題は芸術家と政治の関係。
まずは、架空の漁民の島の詩。ここに「支配者」がやってきて漁民達の話を聞く。しかし、逆に漁民達が支配者に自身の仕事のことを聞かれると「ぼくにはないんだ」と答える。そこで場の雰囲気が変わる。

 馘になった召使いのように、礼儀正しく出て行くだろう。かれを思い出させるものは影も形も残らない。それでもかれには分っている、自分より秀れた誰かがやってきて自分の代りを勤めることが。自分が沈黙していたところで誰が語ろうと邪魔するつもりはまったくない
(p343)


ブレヒトはこの詩を公表しなかった、という。

 亡命者についてブレヒトがくだした見事で正鵠を射た定義(「悲報の運搬人」)にはいささかの感傷も残されてはいない。運搬人がはこぶのはもちろん自分のことではない。亡命者たちが国から国へ、大陸から大陸へ-「靴よりしばしば国をはきかえて」-持ちはこんだのは、自分自身の不幸ばかりでなく世界全体の大きな不幸であった。
(p350)


ブレヒトも、それからアレントも、亡命者であった。

 問題となるのはまたも大空、人間が存在する前からそこにあり人間が去って後もそこにあるだろう大空であり、それゆえせいぜい人間にできることは束の間人間のものとなっているものを愛することなのだ。私が文芸批評家であるなら、ブレヒトの詩、わけても数の少ない美しい愛の詩のなかで大空がはたす重要な役割について論を進めるだろう。
(p357)


アレントが文芸批評家でなかったら、一体誰が…
自分の数少ないブレヒト体験(「三文オペラ」のみ)では、ブレヒトは下層庶民を描いたという印象しかなかったけれど、大空(例えば「偶像バール」の詩)というのもずっと出てくるテーマであるようだ。
芸術家と政治というテーマに関しては、ブレヒトがスターリン賛美の詩を書いたことについて、詩人は世の中のしがらみから自由であるべきだ、という(ゲーテ以来の)考えと、五流詩人がスターリン追従の詩をいくら書いてもブレヒトのような詩人が書くそのような詩の方がはるかに有害であるという考えが、アレントの中で交差している。

ワルデマール・グリアンとランダル・ジャレル

ベンヤミンとブレヒトの二つの長い論考のあとで、二人の自分の知らなかった人物の論考が残っている。ワルデマール・グリアンとランダル・ジャレル。前者は国際政治学者として有名らしいがここでは主に彼の性格と人柄について、後者は詩人でアレント夫妻との交流を主に書いている。
ワルデマールの方は、元々ロシア出身のユダヤ系であり、一家がロシアを出てすぐの子供の頃にカトリックに改宗しているため、ユダヤ教は自身のアイデンティティにはあまり影響しなかったが、ロシアという出自と文化は彼を後々まで決定づけた。ドストエフスキーの「白痴」のムイシュキンと同じく、彼もロシア的善良者だ、とアレントは言う。
ランダルはアメリカの詩人ながらドイツの詩が好きで、アレントの夫と論争ゲームをして、ランダルはリルケを、アレントの夫はイェイツを支持したという。

 ドイツ語を学ぶには辞書などいらない、
 信頼と愛と、リルケを読むことで十分だ。
(p415)


…これで、ベンヤミン以後の章は終わって、あとはそれより前…
(2022 10/28)

「暗い時代の人間性 レッシング考」


2章までの大雑把な流れ。「世界」が人間とその集合体の間に存在していて、これが安定した社会秩序を規定していた。それが近代になって失われて行く「暗い時代」、行動の自由は制限され、最下層の人々しか持っていなかった(彼らには元々「世界」の安定が及んでいなかった)、人間性(同胞愛)が拠り所と「勘違い」される。それが進行したのが18世紀、実は同じものである合理性と感傷性の二つの側面。これが徹底した形が共産主義国家。

 世界は人々の間にあり、この、「の間にある」ということは-(しばしば考えられているような)人々あるいは人間といったもの以上に-今日最大の関心事であり、また地球上ほとんどあらゆる国において最も大きな変動を蒙っているのです。
(p13)

 最下層民の持つ温かさを、世界における立場の違いから世界への責任を押しつけられ、最下層民の持つ快い無関心を共有することが許されていない人々にまで当然のこととして書くだすることはできないのです。しかし、「暗い時代」においては、最下層民が光の代りとしている温かさが、あるがままの世界に絶望し、その結果不可視的なものに逃げこもうとしている人々に大きな魅力を与えることも確かです。
(p32-33)


「世界」が失われたために同胞愛的社会が実現するというのは、例えば、災害ユートピア的な例を見てもわかるだろう。災害から解放されれば、そのユートピアもまた解かれる。
この「レッシング考」、「人間の条件考」にもなってはいないか。

続き…後半3、4章から印象的な文章を一箇所ずつ。

 それが何かを一挙に克服したりすることはないのです。むしろ、出来事の意味が生き続けているかぎり-しかも、こうした意味というものは非常に長期にわたって存続できます-「過去を克服すること」は絶えず反復される叙述という形をとることができるのです。非常に広い意味での詩人と非常に限られた意味での歴史家とは、この叙述の過程を作動させわれわれを巻き込んでいくという任務を負うのです。
(p41)


ここでアレントが例に挙げているのは、第一次世界大戦とその反復であるフォークナーの「寓話」。

 かれ(レッシング)の比喩を用いるなら、かれは、本物の指環がこれまで存在したとするなら、むしろそれが失われたことを喜びました。人々がこの世界の出来事を論ずるに際して生まれる無数の意見のためにそれを喜んだのです。もし本物の指環が存在したなら、それは語りあいの終焉を、したがってまた友情と人間らしさの終焉を意味することでしょう。
(p48-49)


「指環」とは真理のこと。あるいは人間を超えた何かの啓示とか。レッシングと近いけど違う二人。まずルソーとレッシングは同情心を重視していたが、ルソーのそれは平等的(博愛)、レッシングのそれは選択的)(p27)。そしてカントとレッシング、絶対的な真理は存在しない、という点では共通するが、カントは定言的命令を行動の上に置き、レッシングは唯一の真理が存在しないことを多様性のために喜ぶ。というところ。
「暗い時代」という言葉自体はブレヒトの詩から採られたものだが、内容と一番重なるのはこの「レッシング考」なのだろう。
(レッシングは「賢者ナータン」などの著者)
(2022 10/29)

ローザ・ルクセンブルク


この章は、アレントのルクセンブルク論というより、1966年のJ・P・ネトルという人の「ローザ・ルクセンブルク」という伝記の書評として書かれたもの。
ローザ・ルクセンブルクはどこの国の人というより「ヨーロッパ」が故郷であるというしかないようなユダヤ人知識人の一人。そこで、当時勃興してきた民族主義を批判していたが、これは民族主義寄りの革命家にも、知識人ではないユダヤ人下層民にも、通じなかった。それから、アレントはネトルの評伝に欠けているものとして「女性としてのローザ・ルクセンブルク」を挙げている。革命家の理論とはまた別に、私生活では「男」らしい人に惹かれる面もあったという。そこで確執が(たぶん)あったのだろう。

自分はどうもこの時代(第一次世界大戦前の社会主義運動)、それからアレントが語っている第二次世界大戦後の社会主義運動の時代も事情がよくわからないのだが、それでもアレントがソヴィエト連邦の歴史を「歪められた革命」の長い実例、と断言する(p88)のは大変なことだと想像する。
また、ローザはレーニンと、革命の為に戦争を起こすことが許されるか否かの論争をしていたのだが、レーニンは彼女の暗殺後に「彼女の伝記」と「彼女の誤り」を抹消していない「完全な彼女の著作集」を出版するように指示している(レーニンの死後、それは実施されることはなく、後継者によってローザの理論は封印させられた)という挿話はやはり感動的。

 われわれは適切なロシアの昔話…で答えることにしよう。鷲はときとして鶏よりも低く飛ぶことができる。しかし、鶏はけっして鷲と同じ高みまで登ることはできない。ローザ・ルクセンブルクは…(彼女の)誤りにもかかわらず…昔も今も鷲である
(p89)


レーニンの言葉…やはり、レーニンも鷲なのだろう…
(2022 10/31)

ヨハネス23世

今日はローマ教皇ヨハネス23世。イエスの教えに文字通り忠実であろうとしていた人物。教皇選挙の時には、全く有力視されていなかった。そういう顛末聞いてから、彼は「この自分が教皇になってしまったのは、全くもって神の思し召し」であったことを確信するようになる。
(2022 11/01)

カール・ヤスパース2題


「カール・ヤスパース-賞賛の辞」
(昨夜読んだ分)

 完全な実存性を達成するために公的な場に現われる必要があるのは、まさにあらゆる主観性をそなえた人間そのものだとする考え方です。われわれがこうした新しくも古い考え方を受け容れるのであれば、見方を変えて、人間的なものと主観的なものとを同一視し、客観的なものと事実あるいは非人間的なものを同一視する慣習をやめねばなりません。
(p116-117)

 フマニタスは孤立のなかでは決して得られませんし、自分の生活を公衆に示すことによって得られるものでもありません。それは、自分の生活と人間とを「公的領域への冒険」に投げこむものによってのみ達成されうるものなのです。
(p119)


「カール・ヤスパース-世界国家の市民?」
(今日読んだ分)
最初に結構意表を突いたことが宣言されている。世界国家(世界でただ一つの統一国家)は不可能であるどころか、実現した場合市民や政治が終焉してしまう、という。

 人々の間の紐帯は、主観的には「無限のコミュニケーションへの意志」であり、客観的には普遍的な理解可能性という事実である。人類の統合とその一体化は、一つの宗教、一つの哲学、あるいは一つの統治形態に普遍的に同意することにあるのではなく、多様なものが覆い隠すと同時にあらわに示してもいるある同一性を、多様な視点から志向するという信念のなかに存在しうるのである。
(p142)


(2022 11/02)

アイザック・ディネセン(1885-1963)


英語で著作(死んだ恋人の母語だった)。アイザックという男性名をつけているが、デンマーク出身の女性作家。

 私について言えば、私は物語の語り手であって、それ以外の何ものでもない。私に興味があるのは、物語とその語り方なのだ
(p153)


とディネセンは語っている。アフリカで農園経営をしている時に恋人や現地住民に物語るその姿を、ディネセン自身はシェヘラザードに比している。「千一夜物語」のアラビア王の為に毎夜話し続けるシェヘラザードに。それは彼女の場合、恋人を繋ぎ止める為であって、それは最終的には失敗する。

後半では、ディネセンの作品から3作品取り上げて、その共通項を見る。「詩人」、「不滅の物語」、「こだま」。「詩人」は「偉大な詩人」を作る為、若い男女を悲劇に巻き込み、その男女に殺されるというもの。他の2編も同じ構造を持つ。

 そして一般的には、助けてくれるという口実のもとに、他人の夢を実現するべく利用されている人間はすべてこうした非難を投げつけることができるであろう。
(p173-174)


これ読んだ時には結構特殊な状況だと思ったけれど、今引いてみて思ったのは、これはほとんどの人間において人生の縮図ではないだろうか、ということ。何かについての怒りの感情はこうして起こる。そしてディネセンの場合もまたそうだったのだろう。

 智恵は老年の徳であり、それはただ若いときに賢明でも慎重でもなかったものにのみ現れるように思われる。
(p175)


この最後の文章は、ディネセンのことであると同時に、アレント自身のことでもあるように思える。「ものにのみ」というところが気になる。賢明ではなかったけれど慎重過ぎた自分には、たぶん智恵は訪れないだろう…
(2022 11/03)

ヘルマン・ブロッホ(1886-1951)

 ヘルマン・ブロッホは意に反して詩人であった。詩人として生まれながら、詩人であることを望まなかったことが、かれの存在様式の特性であり、またそのことがかれの偉大な著作への劇的行動を鼓舞するとともに、かれの人生の基礎的葛藤ともなったのである。
(p177)


これは、この論の冒頭。いきなり鮮烈な書き出しではある。そしてアレントの見立てでは、ブロッホはミュトス(芸術)からロゴス(科学)へと後年に移ってきたと言われている。この論では、小説ではなく彼の哲学的考察について主に論じられる(「ブロッホ著作集」の序論)。

 かくて、宗教的・プラトン的世界観の残存物のすべてが、今や絶対性の要求を提起した。その結果、「価値の無政府状態」が生じ、そこでは誰もが好むままにひとつの完結的で調和的な価値体系から他のそれへと移ることが可能となる。さらにこうした体系は、いずれも必然的に他のすべての体系に対し仮借なき敵とならざるをえない。それぞれが絶対性を要求し、しかもこうした要求を測定しうる真に絶対的なものがもはや存在しないからである。言い換えれば、世界の無政府状態やそこにおける人間の絶望的なあがきは、何よりもまず測定基準の喪失と、それによって独立したすべての領域が癌細胞のように不当な成長をとげた結果である。
(p191)


長い…
ここで言う「完結的で調和的な価値体系」というのは、例えばルックマンが提唱した、現代の宗教的なものの体系とほぼ同じであろう。あと最後の一文は、ソンタグ聞いたらなんというのか?

 かれによれば、実業家の職務に固有な「価値」、あらゆるものを測る規準となり、また商業活動の唯一の目標となるべき価値は、誠実である。商業活動から生じうる富は一つの副産物、意図されざる結果でなければならず、それはちょうど「美しい」作品ではなくただ「良い」作品を創ろうとする芸術家にとって、美が副産物であるのと同じである。富を望むこと、美を望むことは、倫理的にいえば、俗流におもねることであり、美学的にいうなら、きわものである。そして、価値理論の意味においては、特殊領域の独断的な絶対化である。
(p195)


また長い…
「富が副産物」、「美が副産物」という指摘に驚く。ここでもルックマンの体系との相似を考えてしまう。そして全体ではなく、閉じられた体系の内部が絶対的で、お互いの体系同士ではわかり合えず衝突する、というこの世界観は、現代のこの社会そのものではなかろうか。
この続きは明日…
(2022 11/04)

昨日のブロッホ続き&解説読みでこの本読み終わり。

 その最大の前任者はライプニッツにほかならない。それは「予定調和」の道であり、「設計も土台も同じ二つの家」を建てる道である。「しかし、それらがア・プリオリに完成を許さない無限の広がりを持つがゆえに、これらの家は見た目には異なる角から組み立てられるとしても、その無限の建築時間の間に、それらの角は次第次第に一致していく。しかし実際には、完全な同一性はけっして達成されえないのであり、たとえ望んだとしても、得られるものは交換可能性にすぎない」。
(p212)


二つの家を建てる比喩に魅了されて読んでいたけれど…何の話題だっけ…自我と世界の調整の話題だった。ライプニッツが無限の中にそれらを同一と見なそうとしていたこと、それからブロッホがそれは同一なのではなく、交換できるかできないかのはざまにあるに過ぎないと言ったこと。それから後の記述にブロッホはフッサールを敷衍して、自我の中に非自我としての対象が入り込んでおり、そこから世界認識を作り上げていく、というところかな。
続いて、帰納と演繹、「原体系」と「絶対的体系」のところ。

 一見したところでは、人間の認識体系はこれら二つの体系、全生命の体系と神の体系との中間にあるかのように思われるが、しかし、それにもかかわらず、この両者は帰納的方法と演繹的方法とが対立しあうように、相互に対立しあったままなのである。
(p221)


この認識から、ブロッホは第一にこの二つの体系に橋が架かっていること、第二に絶対的演繹の体系は存在できず基盤には経験的なものが存する、という。第二の点から第一の橋を架けようとするのだが、アレントは、「演繹が進むにつれ、経験的内容の割合が減少し、認識的内容の割合が増えていく」という図式について、ブロッホはそれに対して警告を与えているのだけれど、自身はそれをおこなっている…と皮肉っている。
とにかく、この論が与えるブロッホ像は、非常に「演繹的」な思考のブロッホ像。

解説系からは一つだけ。この本の主題はやはり「暗い時代」であり、それはアレントの主要関心事であった「公的領域の減少」により時代が暗くなっているということ。そのことは、この本が出てから現在まで、更に加速していると思われる。
(2022 11/05)

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