イギリス小学校入学の豆知識 −客員研究者が直面した困難とそれに勝る経験について−
1. 初めに
著者は2022年9月から2023年6月まで、日本学術振興会、およびEuropean Research Councilの特別研究員(JSPS-ERC-RPD) として、イングランド北部ヨークシャー地域に位置するリーズ大学(University of Leeds)に滞在する機会を得た。イギリス滞在には配偶者(夫)及び6歳(2016年8月生まれ)になったばかりの子供1名も同行した。同行した子供は2022年9月の時点で、日本では未就学児に相当するが、イギリスでは義務教育を受ける年齢に相当するYear 2に当てはまるため、現地の小学校に入学する権利及び義務があった。イギリスでは、例えばロンドンのように日本人が多く住む都市(3万人程度)では、文部科学省が認めている日本人学校が数校存在し、日本の義務教育システムに則った授業を受けることができる。リーズでも日本人補習校が存在するが、土曜日午前中に授業があるのみであり、やはり基本的には現地の小学校に入学することが理想であろう。
一方で、イギリス小学校の入学システムは日本とは大きく異なる点があり、入学には非常に困難を要した。ここではその経験を共有することで、今後イギリスに子供を含めた家族を帯同し、数年程度の滞在を予定されている方に対して情報提供したいと思う。また、本経験談はリーズ市での経験をもとに記述しており、イングランドひいてはイギリス全体を表すものではない可能性もあることを付記しておく。
本稿は全く個人の経験談であるため、本稿を参考にされた場合において生じた不利益等に関しても一切責任は取れないことも了承していただきたい。加えて、本稿における内容は所属機関を代表する見解ではなく、私個人が感じたことに則って記していることも併せて付記する。また、記事内容全てについて著作権も一切放棄しないため、本記事の内容を転載することは禁じる。
2. イギリス小学校の基礎知識
2.1. イギリスの小学校の区別
日本の義務教育期間における学校の違いは、大まかに「小学校・中学校」及び「公立・私立」といえる。一方で、イギリスの学校制度は非常に複雑である。いわゆる公立の学校と私立の学校に分けられるだけでなく、通常の小中学校と入学や卒業年が異なる「グラマースクール」や「パブリックスクール」、また寮生活を基本とした「ボーディングスクール」など様々存在し、加えて近年の教育改革により変更が多々あったため、より複雑化していると聞く。ここでは、通常の公立小学校(Primary School)に入学するときの経験談に留めたいと思う。また、余談であるが「グラマースクール」はほとんどの市町村に存在しており、非常に高額の学費が要求されるが、これから述べる通常の公立小学校(State school)で経験する入学の苦労は当てはまらない。また教師が自宅に来て子供に個別に授業を行う「ホームスクール」も存在する。経済的に余裕があるご家庭は、これらを考慮に入れても良いかと思う。
2.2. イギリスの小学校の年齢区分
イギリスの学校制度は9月が新学期に相当する。そのため8月31日と9月1日が年度の区切りとなり、子どもの入学年もこの区切りによって決まる。しかし、8月生まれと9月生まれの子供については、Transition yearとして8月生まれだと本来入学するべき学年の1年下、9月生まれだと1年上の学年への入学も許可されている。
イギリスの小学校の学年区分はYear 1からYear 6までの6年である。このようにみると日本の小学校と同様に見えるが、Year 1が在学年に6歳を迎える子に相当するため、日本の小学校1年生よりもYear 1での年齢が1年若い。また、Year 6を終えると、Secondaryと呼ばれる学校へ進学する。また、Receptionと呼ばれるYear 1よりも1年若い子供たちが通うクラスが、ほとんどの小学校に併設されている。ただし、小学校ごとに学年分けの自由度があり、例えば我が子が通っていた学校では、Year 1のみのクラス、Year 1と2混合クラス、というように多様な学年分けがあった。
3. イギリス小学校の入学システム
さて、ここからが本題である。「小学校は義務教育であるから、住民登録をすればその学区にある入学する小学校が決まる」という日本の常識は、イギリスでは通用しない。そもそもイギリスの公立小学校は、自治体は運営しておらず、「何らかのコミュニティあるいは個人で学校を立ち上げ、それを自治体が小学校として認可する」ことで小学校が存在している。これにより、小学校の独立性や自治が保たれている。また、生徒数に対して教員の数が厳格に定められており、定員オーバーは認められない。つまり、入学を希望する小学校に空きがない場合は、子供は「Waiting list」に加えられ、いわゆる「待機児童」の状態となる。義務教育であるはずの年齢の子供を公然と待機児童として認めている状態に、非常に困惑した。イギリス渡航後、とにかくすぐに子供を小学校に入学させたい場合は、生徒数に空きのある学校に入学するしかない。しかしながら、入れるならばどこの小学校でも良いというわけではない(これに関しては後述する)。これがイギリス小学校の入学を困難にさせている大きな要素であると考える。リーズの歴史的背景として、15年ほど前に人口減少による小学校の統廃合が進められたが、近年(2023年5月現在)はリーズの人口は増加しそれに伴い小学校が足りておらず、待機児童が深刻になっているようである。実際に、自治体から各小学校へ教員の増員や教室確保の依頼がなされている。
著者がリーズ市の小学校に入学手続きを行なった手順及びその経緯は大まかに以下であった。
1. 住所が決まる。(2022年9月末)
2. 近隣の小学校3校にメールにて空きがあるか問い合わせる。約1週間後に1校から「空きはなく、いずれにせよ自治体を通さないと入学許可はできない。」と返信。その他2校からは返信なし。
3. 2とほぼ同時に自治体に住民登録をオンラインで行う。
4. 住民登録と同時に自治体のホームページで小学校を選ぶ。手順2で既に断られた小学校も含め、4つの小学校を希望する。(希望の小学校を4つまで入力できる。)
5. 約三週間後、一つの小学校(2で返信があった学校)から入学許可の連絡を受け、数日後に現地にてViewing及び学校の説明を受け、入学の意思を伝える。(10月末)
6. Viewingとほぼ同時期に、別の学校から「空きはありません」との返信を受ける。
7. イギリス渡航後約1ヶ月半後、小学校通学開始。(2022年11月上旬)
このように箇条書きに書くと、案外あっさりと決まっている様にも見えるが、想像してみてほしい。約3週間、6歳の子供が社会の如何なるコミュニティにも属さず、非常に限られた人間関係のみで社会生活から隔絶され、それがいつ終わるのか見当もつかない生活である。この日々は、家族全員相当に精神を蝕まれる日々であった。むしろ私たちのケースは非常に幸運であったようで、2ヶ月以上、兄弟数名で待機児童の状態が続いた家庭もあったと聞いている。小学校に空きが出るかどうかは運に任せるしかない。
また、イギリスの小学校を選ぶ際には「Catchment」と呼ばれる、日本で言う「学区」に相当するものも存在する。基本的に、親は住居近隣である「Catchment」の学校を選択しなくてはいけない。イギリスでは毎年1月ごろに、その年の9月にReception(小学校一年生、イギリスではYear 1の一年前に相当する)として入学する子どものための小学校入学応募が開始され、4月あるいは5月ごろに入学する小学校の決定通知を受け取る。この応募システムは、自治体によって管理されており、自治体のウェブサイトを通して応募する。よって、後述するOfstedの良い学校に入学させたい親は、この時までに環境の良いエリアに住所を持っている必要がある。小学校のReceptionで一年間学校に慣れたのち、一年後に晴れてYear 1として同じ学校に入学する。一方で、私たちのようにReceptionからの入学ではない、中途入学者はこの「Catchment」の規則が緩くなるとも聞いた。
ここで、「”Catchment”は日本の学区に相当」と前述したが、それは厳密には同様ではない。例えば日本の学区は自治体の区分で明確に区切られており、通りを跨ぐと学区が変わってくる。名古屋市を例にすると、名古屋市は越境入学を禁止しているため、学区が異なれば目の前に小学校があっても遠い小学校に入学しなくてはいけない。一方、少なくともリーズにおける「Catchment」の意味合いは、「自宅から半径数キロ以内の小学校に入学することが望ましい」とされるもののようだ。そのため、上記の入学希望時では、より自宅に近い小学校が決まりやすい。よって、「自宅がどの学区に相当するか」という点においては、明確な基準はないようである。
4. 「Ofsted」とは
イギリスには自治体から小学校への監視体制として「Ofsted」が存在する。「Ofsted」により、イギリスの学校はその教育内容や環境を総合的にランク付され、そのランクが自治体のウェブサイト上で公開されている。イギリス全土の学校におけるOfsted情報は、こちらのリンクから参照されたい。https://reports.ofsted.gov.uk Ofstedによる評価を参考に、親は各小学校の教育環境を知ることができる。これが前述した、「どこの小学校でも良い」わけではない理由である。多くの親が、このOfstedで少なくともGood以上のランクを持つ学校に子供を入学させたいと考えるのは当然のことに思う。よって、Ofstedが高い小学校には9月の新学期開始時点で満席の状態になることがほとんどのようである。前述した小学校入学応募戦線に敗れると、機械的に空いている別の小学校に配属されてしまう。現地のイギリス人家庭でも、3人兄弟それぞれが全て異なる小学校に通うことになった、という全く笑えない話がある。
一方で、Ofstedで「Outstanding (最上位ランク)」の学校であるから安心、というわけでは決してない。なぜならば自治体によっては、小学校に一旦「Outstanding」のランクがつくと、そこから自治体の監視対象外となってしまうのである。例えば、Outstanding獲得後に校長先生が変わり、学校のレベルが落ちたにもかかわらず、そのまま何年もOfsted上ではOutstandingになってしまう危険性もありうる。何年にOfstedのランクがその小学校についたかは、上記のリンクからわかるので、小学校選びの参照にされたい。
5. 小学校から考えるリーズの環境
本項目は限定記事です。詳細をお知りになりたい方は、直接著者へご連絡ください。
6. 入学後の状況
6.1. 言語
約1ヶ月半の待機児童期間を経て、無事に子供は小学校に入学することができた。日本在住時から、全く英語教育を施していなかったため授業やクラスの雰囲気に馴染めるのか不安は多少あったが、入学した小学校では、英語を母国語としない、あるいは全く話せない子供を受け入れることに非常に慣れていると言う印象を受けた。これは我が子が入学した小学校が特別なのではなく、少なくともリーズ市内の小学校では通常の環境であるようだ。リーズ大学の私の受け入れ研究者も子供の英語能力は小学校では大きな問題にはならないだろうと、かなり楽観的な見解を持っていた。実際、子供のクラスには我が子以外にも英語が全く喋れない生徒が数名いた。例えば我が子の担任の先生はイラストシートを活用し、英語を話せない子供たちが彼らの感情を誤りなく相手に伝えられるように工夫されていた(図参照)。また、子供が通った小学校は非常に多様な人種で構成されており、”Asian”が特別に目立つことは全くなく、子供同士も問題なく打ち解けていったように思える。
![](https://assets.st-note.com/img/1685290169052-PgW2ttqjlg.jpg?width=1200)
![](https://assets.st-note.com/img/1685290212549-CVf90FoEJB.jpg?width=1200)
図. イラストシートのセット。10枚程度あるイラストを紐付けし、子供は首から下げる。本人曰く非常に役に立ったそうだ。
6.2. 給食
イギリスにも給食が存在する。Year 2までは給食が無料であり(2023年5月現在)、これは非常に助かった。イギリスの学校給食は、有名な料理家であるジェイミー・オリバー氏が食育改革に乗り出し、ここ十年ほどで改善されていると聞く。確かに我が子が通う学校の給食は、オンサイト調理かつベジタリアンだったので、イギリスの暮らしで子供への野菜摂取不足を心配する必要がなくなったのはありがたかった。また、子供から聞くには、非常に美味しい給食だったそうである。しかしながら、我が子の学校の給食環境は、他の学校と比較してリーズ市内では相当に優秀だったとも思うので、リーズ市全体の給食環境を表しているわけではないことも注意されたい。
6.3. 制服
イギリスの小学校では、制服の着用が求められる。ワンピース、白ポロシャツ、スラックス、黒い靴等の制服に関わる用品は多くのスーパーマーケット(M&S, Sainsbury, ASDA, John Lewisなど)で販売している。さらにイギリス特有な点は、それぞれの小学校がスクールカラー(色)を持っていることである。イギリスに来たら、スクールカラーに基づいたジャンパー(日本のトレーナー)とスクールバックに学校のエンブレムをつけた小学生を目にするだろう。小学校からは、スクールカラーを揃えるのは義務だがエンブレムの有無は自由との説明を受けた。学校のエンブレムが付いた衣類と鞄が希望である場合は、それらを専門に販売するUniform shopがMeanwoodにあるので、エンブレム付きにこだわりたい方はそちらに出向くと良いだろう。余談だが、Meanwoodのお店はすぐ近くにイギリス高級スーパーであるWaitroseがあり、そちらを覗くのも一興である。
6.4. 学校の休日とストライキ
イギリスの小学校にももちろん、夏休みや冬休みに相当する長期休暇がある。また、ハーフタームと呼ばれる「中休み」が存在する。これらの休日期間は自治体で決められている。「Leeds, school, holiday」で検索すると、リーズ自治体が発表している休日が記載されたウェブサイトを見つけることができるので、必要であれば調べてほしい。(毎年変わる恐れがあるため、直リンクは記載しません。)また、これらの自治体が設定する休日とは別に、各学校が「Training day」という名で、教員研修のため学校がお休みになる。これは各学校がそれぞれ決定するので、学校により異なる。また、時折教員のストライキも実施されるため、その日は学校が休日になる。しかしこのストライキも、「午前中のみストライキ」や、「Year 4とYear 6のみストライキ」などあるので、全てが一律に動いていないことに注意してほしい。
6.5. トラブル例
ここで一つ、学校でのトラブルを紹介したい。我が子が小学校に通い始めてから2週間ほど経ったある日、午前中に学校から電話があった。内容は、「子供が怪我をしたから今すぐ迎えにきて、病院に連れていっていください」とのことであった。真っ先に学校に向かい、先生方に様子を聞くと、追いかけっこをして酷く転んでしまった、との報告であった。「救急車を呼ぶほどではないが、念の為Hospital(GPではない)へいってください。」、とのことでHospitalで渡すためのReportを受け取った。イギリスでは直接Hospitalへ行っても追い返されるだけであるが、このReportを持っていけば、必ず診察してもらえる。Hospitalは遠方だったが、近隣に住む日本人の方が車で送迎及び病院でも付き添ってくださり、本当に助かった。車を待つ間、小学校の受付の方に、「患部を冷やしたいから氷が欲しい」と頼んだところ、「医師からの指示がないから何もできない。本当に申し訳ない。」と断られた。また子供が通う小学校には日本人とイギリス人の親を持つ生徒が一名おり、その生徒が混乱し泣いている状態の子どもを落ち着かせ、子供の話を日本語から英語へ、学校の先生に向けて通訳してくれた。そのおかげで、先生方もどのようなアクシデントだったのか、本人が体のどの箇所をどれくらい痛がっているのかなど、状況を理解できたようである。通常の生活を営む分には、子供が英語をほとんど話せなくてもイギリスの小学校で問題を感じなかったが、やはりこのようなトラブルにおいては同胞の存在が心からありがたいと感じた。Hospitalでも数時間待たされることを覚悟していったが、その日はそれほど混雑した様子はなく、病院到着から2時間程度で全ての作業は終了した。
7. まとめ
日本を離れ、文化や歴史が大きく異なる海外へ家族を帯同し生活を始めることに不安を感じるのは当然のことである。それに就学が必要な子供を含めて家族を帯同するとなると、なおさらその不安や困難さは増すであろう。しかし、イギリスでわずかな時間ながらも子育てを経験した者としては、イギリスでの子育ては素晴らしい発見の連続であったことも是非お伝えしたい。イギリスで子供と一緒に日々を過ごせば、「子供はのびのびと生き、自由であるべし」というイギリス人の精神に根付いた教育哲学を必ず感じる機会を持つであろう。イギリスの地には、社会全体で子供を守り、常に温かい眼差しで子供をみつめる風土がある。この素晴らしい社会を実体験として経験できたことは、今後の子育てや子供との向き合い方を考える上でも間違いなく影響するであろう。イギリスでの生活から得られる家族それぞれの経験はまさにプライスレスであり、子供にとっても成長の機会の連続であったように見える。この貴重な経験を、子供がどう捉えるかは本人にしかわからないことであるが、今後の彼らの人生において、何かしらの糧となれば親としてこれに勝るものはない。本稿が、今後お子様を含めた家族帯同にて、イギリスに向かわれる方々の助けとなれば幸いである。
謝辞
本稿を書くきっかけを与えてくださった、リーズ日本人会の皆様に深く感謝申し上げます。また、本稿に関してコメントをいただき、大幅な改善の手助けをしてくださったリーズ在住の友人皆様に深く感謝します。
リーズ日本人会へのおさそい
毎年、春または秋、に英国リーズ大学に赴任なさるご家族のための現地情報の説明会を開催しています。大学の研究者とご家族で赴任なさる方は、ぜひお気軽にお問い合わせください。