医師と結婚して離婚した話〜調停
養育費
もう、とにかく。
財産分与も養育費も要らないから
さっさと離婚がしたかった。
しかし、弁護士より
「養育費だけでも請求した方が絶対良い」
と強く説得され、その額も協議内容として盛り込まれた。
もともと、ゼロでもよかったので、希望額などはなく、全て弁護士にお任せしていた。
養育費の内容を決めるにあたり、支払う側の収入額に応じて算出されるそうなのだが、なにせ、先方はあのような性格のため
後に、
「あの高額所得で、これだけの養育費なんて、普通はあり得ません」
と、弁護士が呆れるほどであった。
……でしょうね(ー ー;)
離婚から15年。
結果的に、それでも養育費はあった方が良かったと思う。学資保険や、習い事の足しにはなった。
もし、迷われている方がいるとしたら、
「少額でも絶対受け取った方が良い」
と、勧めます。
第一回目の調停
結局、調停の申し立てから、第一回目の調停が行われるまでに3〜4ヶ月の期間を要した。
日が迫るにつれて、重圧と緊張で眠れない日々が続いた。
裁判所なんて、一生縁のない所だと思っていたのになぁ。人生何があるかわからないものだ。
調停は、それぞれが別室で調停員による聞き取りが行われる。
しかし、同じ日時に同じ場所に集まることになるので、最悪顔を合わせることも想定される…
絶対、それだけは避けたい。
周辺を気にしながら、家庭裁判所に駆け込む。
指定の調停室に着くまでは安心できない。
エレベーターの乗り降りひとつも緊張する。
(もう、本当に嫌よねこういの。)
はじめての調停は、
はじめての就活面接よりも緊張した。
調停員は二人。
いわゆる地元の名士なのだろうか。
調停員になるくらいなので、豊富な知識や経験のある方たちなのだろう。
男性、女性各1名ずつだった。
おそらく、お二方とも60〜70代と思われる。
柔らかい物腰の中に、どこか威厳を感じる。
これまでの調書を元に、いろんな質問をされる。
先に書いたような細かいやり取りの内容を、実際にまた再現しなくてはならない。
調停員1
「ご主人がペットボトルをたくさん溜め込んで捨てなかったのですね?」
「そうです」
調停員2
「それが節約になると。しかし、そのようなことが他にもあり、fumiさんは、ストレスが溜まっていかれたのですね。他に、どのようなことがありましたか?」
……みたいな話が延々と続く。
もう、さすがに調停員のお二人も、苦笑いだったり、失笑だったり。
誠にお恥ずかしい限り💦💦
身体的な暴力行為があったわけでも、あからさまな金銭搾取や人権侵害があったわけでもない。
ただただ、地味な辛さが積み重なっていった結果なのである。性格の不一致というやつなのかな。
その地味で、トチ狂っているような言動を、事細かく中立な立場として存在している赤の他人(調停員だとしても)に話すのは、情けないような、恥ずかしいような、何とも言えない気持ちになった。
「果たして、調停までやる事だったのか…」
という思いが頭をよぎったり。
…でも、もう仕方がない。
走り出してしまったのだから。
もう開き直ろう。
こうして、2回目、3回目…
と調停が続くわけだが、どうにも間が長い!
4〜5ヶ月に1回という具合なので、スッキリしない宙ぶらりんな状態が長く続いた。
その間にも、義両親の訪問のたびに、両親に負担をかけ、私はコソコソと隠れなければならなかった。
もう、二度と経験したくない思い出である。
つづく…
次回は、離婚の決着〜その後について書いてみようと思います。
教訓
【養育費は絶対あった方が助かる!いっときの感情に任せて、要らない!と言うのは勿体無いよー!!!】 ↑声を大にして言いたい。
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