これは私へのメモ
2017年11月オーストラリアに来てから、早くも半年が経つ。
その前までは与えられたお題に対して、ひたすらに向き合い、がむしゃらに動き続けてきた。
人がわたしに対して、「何か事を起こしてくれる」という期待に答えることの重要性を感じていたし、事を起こす事に楽しみも感じていた。倍返しするくらいの気持ち。義理や人情や使命感、責任感がわたしには強くある。
反骨精神も同時に持っていて、あなたの言われる通りにはしませんよ!みたいな私もいて、自分の意見は、時には柔軟に、時には頑固に。「なんでもいいくせに、なんでも良くない」から悩む事もあった。
そ。オーストラリアに来たのは、自分に費やす時間を多く持ちたいとおもったのも一つの理由。
いままでやりたい事をやって走ってきた事には変わりないが、次のステージとして新しく始めるため。
それなのに、今までの続編のように「期待に応えよう」とする私が抜けきらず、(誰もなにも言ってないなのに)でも自分のやりたい事じゃないと続かないし、、とぐるぐる。
わたしの行動にジャッチする人を想像して、脳内で反発するか思考停止するか自分のものにする私を、客観的に見続けてきた。時にはその時間はしんどかった。10円ハゲもできた。
「私はどう私を表現したいの?」
「私は何ができる?」と考える時間はしんどいもの。だって考えて出てくるものじゃない。
それでもとにかく動き続けていこうと手当たり次第挑戦を繰り返してきた。
その挑戦してる時は、勇気もいるし、エネルギーもいるけれど、わくわくしていたから、間違いではない。そして自信にもなってる。
挑戦や行動は、必ず新しい自分を作ることができる。
半年の間で、少しずつ「自分の時間」を感じてきている。
でもまだまだだ。
わたしは「何かしなくちゃいけない」「形にしないといけない」と思ってる。
人に与えられた時間だと思っているところもある。
今日突然これを書いた理由は、
何もしなくてもいい事に心地よさを感じちゃったんだ。
リアルに実感できたのが大きな気づき。
「何もしなくてもいいんだよ」と言われたら、「知ってるよ!だって」となにか言いたくなっていただろう、反骨精神。
何もしなくていい。何かしてもいい。
何も心配する事ない。
自分の魂に沿った生き方をすれば、それだけでいい。
半年間のまとめをしたい思っている。
スペシャルな旅で、たくさんの感動をすでに感じている。改めて、自分に集中するための旅をしに来たんだ私。
何にもしなくても、間違いなく有意義なものになるから、信じて見ていてくださいね!