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たべものエッセイ 7
「啜る国」
世界的に、食事の時に音を立てるのはタブーとされている。
ぴちゃぴちゃと音を立てて舐めるようにして食べたり、クチャクチャと音を立ててものを噛んだりすることはマナー違反とされている。
その中で最もよく言われるのは、スープなどを音を立てて飲むことと、麺類などを音を立てて啜ることである。
我々日本人は味噌汁というスープをジュルジュル音を立てて飲み、蕎麦やラーメンなどの麺類をゾゾーッと音を立てて啜る。
外国人が日本に来てビックリすることの1つに、「ラーメン屋で皆が平気で音を立てて食べていること」がある。外国人にはものすごく抵抗があるらしい。日本人から見るとごくフツーの光景である。それどころかむしろ美味しそうである。
もし、日本人がこれと同じようなカルチャーショックを受けるとしたら、どんな感じか。
世界には様々な地域があり、文化がある。この、外国人が受けるカルチャーショックは「日本が先進国だから」というのもあるだろう。
「先進国のクセに何だその野蛮な行為は!」
というのがあるかも知れない。
例えば日本人がフランスやアメリカに行って、現地の人がレストランで注文した飲み物をガラガラとうがいをしながらゴクン、と飲んだらぶったまげるだろう。食べ物や飲み物を「啜る」ということは、もしかしたらそれぐらいの行為なのかも知れない。
とここまで書いて気づいたのだが、ワインのテイスティングとゆーヤツ。
グラスに注がれたワインの色を見て香りを嗅いで口に含んでブクブクしてからゴックンするのだ。このブクブクゴックンはマナー違反とされてはいない。子どもの頃、オレンジジュースをブクブクゴックンしたら、親から「行儀が悪い!」と叱られたことがある。そこら辺はどーなんだ?! フランス人!
確かに、液体にブクブクと空気を含ませると香りが立つ。これを日常的にやっているのが蕎麦なのである。「啜る」とは、空気と共に吸い込むことである。その副産物として音が出る。麺類でもとりわけ蕎麦、特にざる蕎麦やもり蕎麦などの冷たい蕎麦を啜ると、蕎麦や出汁の香りが鼻に抜けてとても美味しい。ざる蕎麦を音を立てずに食べると、その美味しさは半減してしまう。
もう1つ、啜ることには重要な意味がある。それは、「熱いものを冷ます」という役割だ。例えば、麺類ではないが、味噌汁や緑茶なども日本人は啜って飲む。この場合は、香りを楽しむのはもちろんだが、むしろ「熱いものを冷ます」という行為である。ざる蕎麦と違って冷たい緑茶は啜らないことからも、これは正しいと言えよう。熱いものを「啜る」ことによって空気を含ませ、液体の温度を下げるのだ。これは全然無意識にやっていたことだが、もうずっと以前に『テレビ寺子屋』という番組で、ジェフ・バーグランドさんかダニエル・カールさんが指摘していたことである。それを聞いて「あ、そうなんだ!!」と気付かされたのである。
外国の人が「啜る」という行為を目の当たりにした時には、音を立てることに着目しがちだが、「冷却する」ということを発見したのは凄い。もちろん日本人が啜る目的は、音を出すことではない。
落語家が「蕎麦てぇモンはズルズルッと音を立てて食うモンだ」と言うのは、音の向こうにある、香りを楽しむことや冷却するという目的をすっ飛ばして、江戸っ子の威勢の良さを表したものなのである。
啜る文化、良いじゃないですか。
ーENDー