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プレイブックの世界#006

岩澤はタモリさんの後ろ姿を追いかける。「John Lawジョン・ローの間」のVIP室から出たタモリさんはギャンブルの結果に一喜一憂している賭博者の間をスイスイすり抜けていく。岩澤はVIP室でみた映画ポスターが頭から離れない。映画を見るなら『西遊記 :みじん切り1000本ノック 』以外は、考えられなかった。違和感のある映画タイトルだった。この映画を見たいと伝えたとき「お前は正気か?」とタモリさんの顔はしていたけれど、そもそもポスター作成したのはタモリさんじゃないのだろうか?猿がスーツをスカして着ている理由は?ネクタイに加えて、なぜ蝶ネクタイも着用しているのか?花柄が画面全体にやたら散りばめられている理由は?聞きたいことは山ほどあったが、岩澤はいつの間にかその映画のプロデューサーになりきって、そうだな、やはりアクションは必要だろう、カンフーアクションにしよう、あと、復讐も必須、日本社会を揶揄するブラックコメディ、この映画を一言で言うならグルメカンフーリベンジブラックコメディ、映画のキャッチコピーは、「俺のみじん切りは誰にも止められないー令和の黒船」これは良いぞ、この映画のC級レベルは相当高いぞ、みじん切りが料理の枠を超えて、日本料理業界の弟子制度、果てには日本社会にこびりつく固定概念を切り刻む、これは危険だ、とてつもない世界観が出現するぞ。どうする、俺が監督するか?復讐する相手は極悪人だ、キャスティングはどうする?サミュエル・L・ジャクソンに頼むか?妄想が止まらない、音楽はどうする?映画について考え始めると溢れ出る興奮が抑えきれなくなっていた。

『西遊記 :みじん切り1000本ノック Part2ー評決のとき 』
映画キャッチコピー:あのみじん切り野郎が戻ってくる
料理屋に弟子入りして10年間、与えられた仕事は、青ネギのみじん切りのみ。
フェラーリのスピードを超えるみじん切りの技術を習得した主人公は、
突如仕事を辞め、行方不明となった。
あれから、三年。誰もが存在を忘れかけていた時、仲間を引き連れ姿を現す。
古巣にてスペースシャトルのスピードを超えるみじん切りを披露し、
日本社会の不都合な制度をみじん切りで切り刻む、猿型エンタメのブラックコメディー。

前を歩くタモリさんが足を止め、振り返った。

タモリ「おい、イワッチ岩澤、大丈夫か?聞こえてるか?おーい」

岩澤は、タモリさんの言葉で夢想状態から目が覚めた。

タモリ「しっかり付いてきてくれよ(笑)どうした?顔がニヤけてたぞ」

どうしてたんだ、俺は?頭だけ完全にあっち側の世界にいっていた。
しばらくして新たな賭博場に到着した、天井が低く、人々の声で騒がしい。黒みの真紅を基調にした部屋だ。明治時代に建てられた洋館のようで、洋風の中に和を感じる造りで、そしてどこか古めかしい。新聞を読んでいる人もいれば、賭け事では無いゲームを楽しんでいる人もいる。もしかしたらこの場所はフリースペースなのかもしれない。

520枚のトランプで神経衰弱を楽しんでいるゲーム参加者たち

神経衰弱だろうか?岩澤の目の前で女性と男性が円卓でカードゲームをやっている。そう言えば、女性を賭博場で初めてみた。岩澤がセクシーな女性に目が奪われていると、

タモリ「ちょっと、壁を見てみて」

岩澤は視線をブロンドの女性から壁に移した。

映画ポスターが所狭しと飾られている。刑事ドラマ、あるいは男女の話、また新聞記者が主人公だろうか?とにかく色んなポスターが飾ってある。ポスターに印刷された文字は英語や漢字はあるが、日本語の表記が見当たらない。日本語圏以外で公開された映画なのだろうか?岩澤はポスターに載っている俳優たちをこれまで見たことが無かった。

岩澤「いろんなジャンルの映画がありますね?」

タモリ「いや、全部AV」

岩澤「・・・AV、ですか?」

タモリ「刑事」

岩澤「刑事もの??」

タモリ「あと、外交官」

岩澤「外交官もの」

タモリ「そして、ジャーナリスト」

岩澤「ジャーナリストもの、本当にAVですか?」

タモリ「俺は物事を初めからジャンル分けする奴が一番嫌いなんだよ、
ものじゃないよ〜、刑事もの、外交官もの、ジャーナリストもの、 「もの」って?(笑) いやいやそんなことは、どうでもいいんだ、聞いてくれ、昔、『おかず』というテレビドラマがあったんだ、イワッチ岩澤は知らないだろう、もう随分前だから。美味しいおかずを求めて、まだ幼い主人公は険しい道を苦労しながら人生奮闘するんだ」

岩澤「それって、ジャンル的には辛酸しんさんなめる系じゃないですか!」

タモリ「人は見たいんだよ、人が困難している姿を。そして『おかず』が、実はハリウッドでリメイクされたんだ、タイトルはそのまま『OKAZUおかず』、ほらあっち見てみて」

岩澤はタモリさんの指先を追った。

岩澤「Will Smithウィル・スミスじゃないですか!!」

タモリ「このドラマがアメリカでリメイクされるともうハリウッドの味付けになってね〜、タイトルはなぜかそのままで『OKAZUおかず』。多くの人がこの映画のテーマを「出家」と思ったらしい、この映画ポスターの影響だよ」

その話は本当だろうか?岩澤はタモリさんが冗談で言っているのか、本気で言っているのか分からなかった。アメリカ人が『OKAZUおかず』というタイトルを付けるだろうか?しかし、真偽はわからない。

タモリ「ポスター以外にもこれまでに収集した色んなやつが飾っているから」

岩澤は壁際に沿って歩いた。絵画やイラストが飾られている。

タモリ「この壁に貼ってある大部分は俺たちが製作に関わった映画のポスターなんだけど、趣味で集めたヤツも飾ってあって、このあたりは中洲産業大学に通ってた頃のものかな、黒人の持つ空気感、リズム、他とはなんか違うよね〜」

岩澤は色々質問したいことがあった、絵画にしろどの映画ポスターを見ても岩澤が知らないものばかりだった。タモリさんが再び歩き始めたので岩澤はついて行く。それにしてもタモリさんは何者なんだろうか?賭博場を仕切っているオーナー?映画プロデューサー、いや、そう言えばラップもしてた。

タモリ「ちょっとこっち来て」

タモリさんは壁に沿って歩いて、従業員用の扉を開け、岩澤に中に入るように促した。

タモリ「仲間達を紹介するよ」

タモリさんはある部屋の前で立ち止まり、扉を開けた。

ヒップホップ界のどうしようもないほどのレジェンドラッパー、Nasナズ
Japan, I ask you. Do you love Shōchū?  

NasナズKonnichiwaこんにちわ、タモリさん」

岩澤「えっ!Nasナズ、なんでここに?!」

タモリ「ああっ、部屋間違えた、すまんな、Nasナズ

岩澤「あの伝説のリリシスト、ラッパーのNasナズですか?」

タモリ「俺、嫌いなんだよ、リリシストとか言う奴、イワッチ岩澤NasナズNasナズだよ、そうだよな?Nasナズ

NasナズNasナズNasナズです、それ以上でもそれ以下でもないです」

岩澤(心の中で)「札束が棚から溢れ出して、成功したラッパー感が凄い。。。」

タモリ「そうだ、イワッチ岩澤、せっかくの機会だNasナズと記念に一緒に写真とるか?」

タモリ「Nasナズ、すまん、忙しい所。いつものやつ、やってくれないか?」

Nasナズ「ちょうど今、今度Japanese Soul Barで提供する焼酎の蔵元とbusiness商談終わったとこだから大丈夫」

Nasナズが笑顔を浮かべながら岩澤の顔を見た。

Nasナズ「Do you love Shōchū焼酎?」

岩澤は突然、英語で話しかけられ、緊張してしまった。10秒ぐらいどう返答しようか考えて、出てきた言葉がこれだった。

岩澤「Yes, I do」

Nasナズが岩澤の英語を聞いて腹を抱えて笑っている。

Nasナズが岩澤に向かって、あるジェスチャーをした。
岩澤は英語も分からないし、英語圏のジェスチャーも解せないが、そのNasナズの素振りの意味を「焼酎は最高だろ!お前、分かってるな!」と勝手に解釈した。岩澤の表情に笑みが溢れると、

Nasナズchoto mattete kigaetekuruちょっと待って着替えてくる

タモリ「今、Nasナズは日本語を学んでるんだよ、さすがラッパーだよ、早いよ言葉の吸収が(笑)」

Nasナズが再び部屋に戻ってきた。

Nasナズpose ha itsumono korede iidesuka?ポーズはいつものこれでいいですか?

Nasナズがポーズを取った。

Nasナズはオレンジ色がどうしようも無いほどよく似合う
岩澤はNasナズ以上にオレンジの着こなしが似合う人間に会ったことが無かった。

タモリ「イワッチ岩澤、何をボーっとして突っ立っているだ?早く一緒に撮影してもらえ、わざわざポーズまで取ってもらっているんだから、こんな経験もうないぞ」

岩澤は呆気に取られていたが、タモリさんに携帯を持っていないことを伝えた。

タモリ「俺が写真撮ってやるから、早くNasナズの横に立って」

岩澤はなんと憧れのNasナズと一緒に撮影をしたのだった。

岩澤は早く聞きたかった。

岩澤「なんでタモリさんはNasナズと知り合いなんですか?」

タモリ「最初は居酒屋だよ、出会ったのは。1990年代の中頃だったか、この頃に都内のどこにでもあるような大衆居酒屋で友人達とバカ騒ぎしてたんだ。いわゆるお金が無い大学生がどんちゃん騒ぎするような店だよ。滅多に居酒屋でそんな馬鹿騒ぎすることはないんだ、でもその時は、何でか分からないけど、仲間とすごい飲んで酔っ払ったんだ、俺たちのテーブルだけじゃない、どの席のテーブルもタガが外れたように騒がしくして、店中が手をつけられないような状態になってたんだ、その時、隣のテーブルの大学生グループがラップやり始めたんだ、もうどうしようもない奴だったんだ、どうしようもないってどういう事かって?つまりそいつらのラップのせいで耳が腐りかけたんだ、あまりに酷くて。要は、俺は完全に酔っ払ってたということだから、当てにはならないけど、耳だけは覚醒してたんだ、言っとくけど、ウオッカだろうが、ウイスキーだろうが、ジンだろうが、俺の耳は酔わないからな。そして酔っ払いの俺は、フリースタイルを大学生に向かってカマしたんだ、そしたら、反撃してきたのは、その大学生グループじゃなくて、店の奥の方にいた外国人グループなんだ!外人は、まるで、そのとき、俺たちの出演出番だ!というなりで、俺たちの前に登場してきたんだぜ、言っとくけど、そこはステージじゃなくて、大衆居酒屋だぜ。その外人グループの中の一人が、俺にフリースタイルを被せてきやがった、もうこっちは酔っ払ってるから、酒の勢いも手伝って、俺もヒートアップしちゃって、その外国人相手にもう一度ラップしてやったんだ、”俺がHIPHOPPER"ヒップホッパーって言ったら、その外人も俺がヒップホッパーって言いやがるんだ、何言ってやがると思って、そんなことしてたら、その外人とフリースタイルバトルよ、俺の中で、この事件は『居酒屋 Mile』として記憶してるよ、いつか、これも映画化しねぇとな。話を戻すと、周りの奴らが、あれはNasナズじゃねぇか?みたいな声が聞こえて、もう周りはうるさいのよ、ナズ、ナズ、ナズ、ナズ、ナズ。もうナズしか聞こえない、でも、俺はナズしらないのよ笑。でも結局、後からこの外人がNasナズだと知ってびっくりしたねぇー(笑)Nasナズ相手に俺がラッパーって言い張ってんだから笑 そのときの俺は怖いもの知らずよ笑、とにかく、それ以来、仲良し。なんだったかな〜、たしかウィスキーのハイサワーうめ割りを紹介したら、すっかり気に入ってさ。一口飲んだら、Nasナズは俺に握手を求めてきたんだぜ、そこからだよ、Nasナズが日本のお酒カルチャーにどハマりしてさ、特に日本のspiritsスピリッツ。この前Nasナズからメッセージが来てさ、今度、Japanese Soul Barをオープンさせたいから、タモリさん、手伝ってくれる?だって。 だから今、一緒に色々考えているんだ」

岩澤「50 Centとは同じ釜の飯を食べた友人、Nasナズとは知り合い、タモリさん、やばいですね」

タモリ「中洲産業大学の卒業だからねぇ〜、交友関係がディープよ」

タモリさんは別の部屋の扉の前に立っている。

タモリ「こっちの部屋だった、もう年を取ると記憶が怪しくなってどうしようもないね〜(笑)」

タモリさんが扉が開け、岩澤を部屋に入るように促した。
岩澤は部屋の中に入り、テーブルを囲んでゲームをしている四人が目に入った。とてつもなく怪しい四人だ。

タモリさんのご友人

部屋に入った岩澤は四人の注目を集めた。

タモリ「ここにいる人たちはもう長年の友達だ、そうだろ?(笑)」

四人のうちの一人「悪友だろ(笑)」

岩澤「どうも岩澤です」

岩澤は四人に向かって挨拶した。四人は笑顔で岩澤に応じた。

タモリ「あと、イグアナに気をつけて、怒らすと噛みつくから、今、部屋の端にいるけど」

岩澤はビックリして、部屋の奥を見た。

イグアナ?冗談だろうか?イグアナはピクりとも動かない。イグアナの剥製じゃないだろうか?冗談なのか本当なのか分からない。どうしよう。とにかく注意するしかない。この場所はタモリさんの事務所なのだろうか?空気が穏やかだ。イグアナがいる反対側の部屋の端から笑い声が聞こえる。このグループはカードゲームを楽しんでいるようだった。

ゲームを楽しんでいる四人組の後ろに外の景色が見える。いつ振りだろうか、外の風景を見るのは?柔道の取材以来だろう。取材をしたのは、もう一年前ぐらい昔のようにも思えるし、三十分前のようにも感じる。時間感覚がおかしい。岩澤は取材を終えてオフィスに戻るため会社のビルに入ったときのことを思い出そうとした。何度も思い出そうとしたが、会社のビルに入った後のことは思い出せなかった。記憶が分厚い頑丈なコンクリートによって覆われているかのようでビクともしない。しかし柔道の取材内容は覚えている。岩澤は記憶を思い出すのを諦めて窓の外の景色に目をやった。海と山と、そして高層ビルがある。ここはどこだ?見たことが無い景色だった。

タモリ「おーい、これ貼っといて」

タモリさんの声に応じて、部屋の中に女性が入ってきた。タモリさんがポスターを女性に渡した。

岩澤(心の中で)「笑っていいともだ」

タモリ「映画関係の仕事をしていると世界の配給会社から映画関連のポスターが届くんだよ」

タモリ「ちょっと座ってて、俺はちょっとあいつらと話してくるから」

タモリさんは岩澤から離れていった。岩澤は椅子に座ってこれまでのことを振り返った。何なんだここは?やはりタモリさんの事務所なのだろうか?映画関係の仕事をしているのは間違いないだろう、しかし、あの麻雀をしている人たちの怪しさと言ったら怪しさの極みだった。事務所にはイグアナ、ポスターを貼るセクシーな女性、それにあの巨大な賭博場。全部で何部屋あるのだろうか?そして賭博場には50 Centがいた。そして、Nasナズの個人部屋まであった。一体どうなっているんだ?岩澤は山に沈みかける太陽を眺め続けた。部屋にいる人たちの陽気な笑い声が途切れなく岩澤の耳に入ってくる。