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『デューン』監督ドゥニ・ヴィルヌーヴ インタビュー

Maria Wiesner, Frankfurter Allgemeine, 2024-12-16


ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督は、現代の映画界でその名を広く知られる巨匠である。彼はSFやドラマなど、幅広いジャンルで商業的成功を収める一方、批評的にも高い評価を得ている。特に映画『DUNE』シリーズでは、原作の精神を尊重しつつ現代的な視点を取り入れた表現で、多くの観客を魅了した。その創作の背景には、彼の個人的な価値観や生い立ちが深く関わっている。本稿では、彼のフェミニズム的視点、自然美へのこだわり、そして『DUNE』に込めた意図を詳しく掘り下げる。

1. フェミニズム的視点とそのルーツ

ヴィルヌーヴ監督の映画には、常に力強く複雑な女性キャラクターが登場する。彼はこれを意図的に取り入れていると語るが、その背景には彼自身の家族環境がある。カナダ・ケベック州の小さな村で育った彼は、フェミニズム的価値観を持つ家族に囲まれて成長した。祖母たちはともに非常に個性的で、一人はシングルマザーとして子どもを育て上げ、もう一人は「ドラマチックな性格」と表現される強烈な個性の持ち主だった。母親もフェミニストであり、「男性が強くあるためには、強い女性がそばに必要だ」と教えられたという。

こうした家族環境の影響から、彼は自身を「フェミニストの息子であり孫」と表現する。そして、彼の映画にもこの価値観が反映されている。『メッセージ』では、エイミー・アダムス演じる言語学者が異星人とのコミュニケーションを通じて地球を救う姿を描き、『Sicario/ボーダーライン』では、エミリー・ブラントが複雑な陰謀に巻き込まれるFBI捜査官を演じる。『DUNE』シリーズでは、主人公ポール・アトレイデスに対し、ゼンデイヤが演じるチャニが対等なパートナーとして登場し、物語の中で重要な役割を果たす。

彼は、こうした女性像を描く理由について「トレンドではなく、私にとって常に重要なテーマだった」と語る。彼の初長編映画『Der 32. August auf Erden(邦題なし)』でも、中心に据えられたのは若い女性の物語であった。彼にとって、女性キャラクターを描くことは、自身との距離を保ちながら物語を語る一つの手法でもある。

2. カナダとアメリカでの映画製作の違い

ヴィルヌーヴ監督は、カナダで映画監督としてのキャリアをスタートさせた。彼の作品『灼熱の魂』は2010年にアカデミー賞外国語映画賞にノミネートされ、国際的な注目を集めた。その後、アメリカに拠点を移し、『プリズナーズ』や『ボーダーライン』などで成功を収めた。しかし、彼はカナダとアメリカにおける映画製作の文化的違いについて強く印象を持っているという。

カナダでは、映画製作においてしばしば資金を政府から借りる必要があり、「まるで物乞いのように感じることもあった」と振り返る。一方、アメリカでは映画が重要な経済活動として位置づけられており、資金調達のプロセスも異なる。「アメリカでは映画は重要な社会経済的活動であり、文化的にも非常に重視されている」と語る。特に『DUNE』のような大規模な映画を制作するには、アメリカのシステムが必要不可欠だったと述べている。

3. 自然と人間の調和を描く美学

ヴィルヌーヴ監督の映画には、自然と人間の関係性が美しく描かれていることが特徴的である。彼の作品には、しばしば広大な風景や自然の要素が重要な役割を果たしている。『メッセージ』では広がる草原、『ボーダーライン』では乾いた砂漠が登場し、それらが物語の雰囲気を強調する。

特に『DUNE』シリーズでは、砂漠という自然環境が単なる背景ではなく、物語の一部として機能している。監督は、この自然の力をリアルに描くために、実際の砂漠で撮影を行った。スタジオでの撮影では得られない自然の力を取り入れることで、映画全体にリアリティを持たせている。この撮影手法について、監督は「砂漠が主要キャラクターの一人である」と述べており、自然そのものを映画の語り手として活用している。

4. 『DUNE』に込められたテーマと女性の役割

ヴィルヌーヴ監督は『DUNE』の原作を深く尊重している一方で、現代的な視点を取り入れることにも挑戦している。原作者フランク・ハーバートは、作品に登場する「ベネ・ゲセリット」という女性組織を妻へのオマージュとして描いており、ヴィルヌーヴ監督もその意図を踏襲している。監督は脚本家のエリック・ロスに対し、「この複雑な作品を一言で要約するなら『女性』だ」と伝えたという。

映画では、原作にはない工夫として、いくつかの男性キャラクターを女性に変更する試みも行われた。これにより、キャラクターの現代性や物語の多様性が強調されている。また、ゼンデイヤ演じるチャニの役割が拡大され、彼女が主人公ポールの行動を批判する強いキャラクターとして描かれている。この解釈は原作を超えるものではあるが、ハーバートの価値観に忠実であり、現代の観客にも響く形で物語を再構築している。

5. SFへの愛と創作の原点

ヴィルヌーヴ監督がSF作品に傾倒する理由は、彼の子供時代にさかのぼる。彼はアーサー・C・クラークやフィリップ・K・ディック、そしてフランク・ハーバートの小説を愛読しており、それらの物語が彼の創作の基盤を形成したという。特に『DUNE』は、異文化の中で自らのアイデンティティを見つける少年の物語として、彼に強い影響を与えた。監督は「異なる文化を恐れるのではなく受け入れることで、人は強くなれる」と語り、そのテーマを映画の中で表現している。

また、彼が幼少期に触れたヨーロッパのグラフィックノベルからも影響を受けている。特にMoebiusやBilalといったアーティストの作品は、彼に大きな美的衝撃を与えたという。この視覚的な影響が、彼の映画のビジュアル表現に現れている。

6. ヴィルヌーヴ監督の革新と未来

ヴィルヌーヴ監督は、フェミニズムや自然美、SF的なテーマを通じて独自の映画世界を築き上げている。その作品には、彼自身の個人的な価値観や生い立ちが深く反映されており、観客に新たな視点を提供している。『DUNE』シリーズでは、壮大な物語をリアリティと現代的な解釈で再構築し、多くの観客に感銘を与えた。

彼の映画は、エンターテインメントとしての魅力だけでなく、文化的、社会的なメッセージを内包している。ヴィルヌーヴ監督が描く未来の作品にも、彼の独自の視点と革新的なアプローチが期待される。

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