【鼎談前編】9月入学の議論を考える。 まず尊重すべきは、子どもの権利。 福山哲郎×寺脇研×前川喜平 5月2日
5月2日、9月入学やオンライン学習など、新型コロナウイルスの影響で休校中の子どもたちについて、京都造形芸術大学教授の寺脇研さんと、元文科省事務次官の前川喜平さんにお話とご意見を伺いました。
まずは前編をお届けします。(後編はこちら)※実際の鼎談の様子はこちらからご覧いただけます。
休校の拡大・延長は大人の論理 尊重すべきは子どもの権利
福山:寺脇さんに、まずはコロナ感染下における子どもたちと学校の現状についてお聞きしたいと思います。
寺脇:とにかく子どもたちは、いつになったら学校が始まるんだろう、どうなるんだろう、ということで不安です。学校は、決して学力をつけるためだけの場所ではないということが、今回のことではっきりとしたのではないでしょうか。三食のうち給食だけがちゃんとした食事だという子どもたちがいるということもはっきりしてきたし、学校にいる間だけは家族の問題などから逃れられるという子どももいる。学校論議なので、学力の面だけで考えていくと、同じタイミングで再開できるように9月1日に一斉にスタートすればいいではないかというという話になりかねません。それが、昨日(5/1)の専門家委員会において、開けるところから開こうという方向性が発表されたことは、とてもよかったと思います。
福山:昨日の専門家会議で、感染状況に応じて、学校再開を各都道府県の教育委員会で判断したらよいという旨の一定の提言があったということでしょうか。前川さん、今の子どもたちや学校の現状についてどのようにお考えでしょうか?
前川:学校の休校は、子どもたちの生命や健康のリスクがあるときに限ってやるべきものだと思います。ところが、今は大人の都合で休校措置が行われている。文科省は、ほかの大人たちよりは、子どもたちのことを考えているので、可能なら学校を再開させようという気持ちがあり、休校は子どもたちに必要な時に限るべきだとし、ガイドラインを策定したり、いろいろな数値を出しています。文科省はひとつひとつ判断して休校するという方針を出していたのに、2月末に首相が全国一斉休校要請をしたために休校措置が全国に広まってしまいました。文科省は、ガイドラインを作成して秩序立てて再開させようとしましたが、緊急事態宣を全国に広げるという時に休校が広がってしまいました。本当に子どもたちのための休校なのかということを問い直す必要があります。子どもたちの時間がものすごく奪われています。学校は成長のためにすごく大事な場所なのに、それを大人の都合で休校にして子どもたちをほったらかしにしている。これは許されないことで、子どもたちの学ぶ権利の侵害が続いています。オンライン授業の環境を整えるとか、分散登校をするとか、そういう工夫をしながら、とにかく子どもたちが学ぶ環境を一刻も早く作っていくという努力をするべきです。
福山:オンライン授業等の整備を早く行うべきだということですね。こうした整備について、前川さんいかがでしょうか?
前川:もうとにかくすぐやるべきです。補正予算の中には、モバイルルーターを貸し出すための経費などがあるので、インターネット環境を各学校に作って、テレビ会議システムなどを使い対面で授業をするという施策は取ることができます。熊本市のように、以前からオンライン環境を整えて授業をやっているところもあります。そうしたところは、今は5%ぐらいしかないのですが、5%から10%、さらに10%から30%というように、休校を余儀なくされている地域から重点的に広げていくべきです。
一人一人の学びに合わせた制度設計が必要
福山:9月入学については、最近の議論では、いきなり国際社会に合わせて来年の9月から社会全体を9月入学に移行するべきではないかという意見もあります。いろいろなものが、わっと出てきてそれぞれ整理がつかないと思いますが、寺脇さんの立場をお聞かせいただければと思います。
寺脇:大学の単位の認定の仕方をもっと少しフレキシブルなものにしていけば、今でも4月入学と9月入学というのはあるわけですが、それだけではなく、例えば6月入学や12月入学なども考えられないわけではありません。これまで全校一律に4月入学で3月卒業という制度があり、それを今度は9月入学の8月だか7月卒業だかに全部合わせてしまうのは、結局、画一性という意味では同じです。だから、もしこの機会に、学び方、学ぶスピード、学ぶ期間というのが変わってくるのであれば、できるだけ一人一人に合わせた学びができるような仕組みを作っていくことが根本的には必要だと思います。もちろん、それが簡単にできないこともわかっていますが、マインドとして持っておくべき。高校3年生にだって、いろいろな子がいるわけですから。それから、海外留学にしても、日本の場合はやはりハンディキャップがあるので、3月に卒業して早めに向こうに渡り9月に備えるのが重要なのだという声もあります。今後、それぞれの子どもの希望や目的などに対応していくことができれば、むしろこれはよい形になっていくというところもあると思います。
9月入学という選択肢は、実現困難
福山:9月入学の話が出ています。私が一番恐れるのは、9月入学について賛成・反対で二項対立になってしまい、現場を知らない政治家がその対立に振り回されたあげく、結果として子どもたちが迷惑を被るということです。前川さんは、9月入学の問題についてはどのようにお考えでしょうか?
前川:まずは、現行の制度を知っておかなければいけませんね。大学や専門学校については、今も4月入学とは限りません。学校ごとに入学時期は勝手に決めてよいのです。学年が何月から始まって何月に終わるか、これを「学年の始期」と言います。さらに、「入学の時期」というのが別の概念としてあります。4月が「学年の始期」だけれども、9月に入学する定員がいてもいいことになります。「学年の始期」も「入学の時期」も、それぞれの高等教育機関に任せることになっています。なので、全部を9月にするのは、かえって画一化であって、入学時期については、それぞれ大学や専門学校ごとに考えればよい話です。もちろん、秋入学の定員を増やすというのは、グローバルスタンダードに合わせるという意味ではメリットがあります。それはそれぞれの大学でやればいいことです。
しかし、4月入学を減らして9、10月入学を増やすと、大学の入学金や前期の授業料が入ってこなくなるため、財政上の問題が出てきます。それから、秋入学のための入試という問題も出てくるかもしれません。私は、大学入学共通テストを1月だけではなく7月にもやるというのはひとつの検討課題なのかもしれないと思います。それから、例えば来年の秋に入学する子のために、今の高校にもう少し長くいられるような臨時的な措置というのは考えられるかもしれません。高校にも「別科」という制度があります。臨時に別科を作って半年いてもいいですよ、とか。そんな発想もありかも知れません。今一番休校の影響を受けているのは高校3年生です。彼らの心配にどうこたえるのかというのは必要です。一方で、高校以下の学校は、4月入学と国によって決められています。これは、文科省の省令で、学校教育法施行規則という法令の中で学年の始期は4月であると決まっています。これは、義務教育年齢との関係があるため、簡単には動かせません。義務教育年齢の問題と学年の始期の問題というのは完全にリンクしています。それを本当に変えるのであれば、ものすごく計画的にやらないと移行期に相当の混乱が生じます。簡単に今年の9月からやればいいじゃないか、というような話ではないのです。
教育に求められるのは「慎重な制度設計」
福山:前川さんのお話も受けてコメントいただければと思います。
寺脇:皆落ち着いてよく考えてみてほしい。この間まで、いまの政権は、義務教育年齢を引き下げて、幼稚園も義務教育年齢に含めようと言っていたはずです。それなのに、9月入学にするというのは、義務教育年齢を半年引き上げる話です。それに、9月に学校が再開できるかどうかだって、まだはっきりしていません。なので、あたかも9月に学校を再開できるかのような幻想を振りまいて、できなかった時の落胆はどうするのかという問題もあります。一人一人のニーズとは何かについて考えながら対応しますという安心感を子どもたちに与えて、決して見捨てたり、見切りで「お前たちここで我慢しろ」みたいなことになってはならない。完全にというのは難しいかもしれないが、極力できる限りのことをやるというメッセージを出すことが大事なのだと思います。つまり、そんなに議論をしていくような段階の話では無いと思います。
福山:9月入学を声高に大きい構えで議論をしても、それは現場の今の子どもたちの状況を解決する直接の手段にはならないということですね。
寺脇:文科省の解決策案にあったように、1年生と6年生と中学3年生を優先してやりますよということを言えば、子どもたちだってわかりますよ。5年生の子どもだって、「そうだよね、6年生は卒業があるんだし、1年生は入ったばかりなんだし」と。それをしないで、9月入学のようなものすごい大問題を、平常時にやろうとしたら5年10年かけないとできないような話を、この機会だから、どうせ乱れている時だからこそやってしまおうと発言をしている政治家もいますよね、地方の知事さんたちの間には。そういうことで教育制度や子どもの学びのあり方を変えられては困ります。
後編に続きます。ぜひご一読ください。