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ロンドン滞在日記 7日目【前編】:犬は吠えるがオクラは揚がる(日記は不作)
YMSビザで在英中のパートナーに会いにロンドンを訪れた際の、およそ2週間にわたる旅の記録です。コラムともエッセイとも言えないようなただの日記なので、どうぞ気軽に読んでください。
1日目:なんでこんな映画見たんだ
2日目:まだ飛行機に乗っているのか
3日目:木で鼻をエルメス(塩対応という意味のことわざ)
4日目:犬が苦手な人はいないことになっている
5日目:はじめてのおつかい(ただし39歳)
6日目:その屁はいつかどこかで借りてきた屁
小さい犬ほどよく吠える
朝、モモの散歩をしに公園へ行くと、ちょっとしたドッグラン状態になっていることが多い。前回も書いた通り、人通りや車通りの少ない公園などでは、基本的に犬はノーリードが許されているのがロンドンスタイル。すると、よその犬同士が追いかけ合ったりじゃれ合ったりして交流することがよくある。もちろん、深刻な喧嘩になったりすることはない。
この日もいつも通り、公園はなかよしわんわんパーク状態だったのだが、そこにやってきたテリア犬と思しき小さな犬が、それはまあわんぱくというかアグレッシブな犬で、我われが持ってきたモモのボール遊び用のボールを、なぜか異常な執着心で奪い取ってくるのである。
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ていうか、なかよしわんわんパークってなに?
散歩のときはいつも、泥だらけ&犬のヨダレまみれのボールで手が汚れないように、ボールをホールドするためのステッキ状のおもちゃを持参しているのだが、そのおもちゃごとかぶりついてきて離さない。こちらが無理矢理引っ張ったら歯が折れるか顎が外れるかしてしまうんじゃないかと心配になるほど、もう「ボールを殺す」くらいの勢いで噛みしだいてくるのだ。
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犬に届かないようにボールを上のほうで保持していても、イルカショーのようなジャンプ力で執拗にボールを追い続け、飼い主が制止しても目を血走らせたまま聞く耳を持たない。横にマジックで「ガルルルル」と書き込みたいほど正気を失って見える。
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え、どうした、かつてボールに親を殺されたのか? ボールのせいで生まれ故郷の村が沈められたりした? ボタンを押してボールが出てきたときだけ餌をもらえる心理学実験の被験対象にされて、ギャンブル依存みたいな状態になったの?
あまりにボールに執着したせいで体力を消耗しすぎて、次の日、ぽっくり逝っていなければいいのだが。そう心配になるくらい、後先考えないがっつきぶりだったよ、あれは。
公園でよその犬を観察していると、傾向として小型犬ほどよく吠えるし、他の犬にうざ絡みしていて気性が荒い。飼い主のしつけができてないというよりも、ハナからしつけを意に介さないからしょうがない、という感じがする。
これ、小型犬を飼ってる人には本当に申し訳ないけれど、愛玩されるためだけに品種改良を重ね、かわいさと引き換えに何かを犠牲にして生み出された悲しきモンスター……どうしても、そういうちょっと不謹慎なことを思ってしまう。
今まで猫派だった私だが、このロンドン旅行中、おそらく人生で一番犬のことを考えている。
職人気質のイギリス、神がかり的なスペイン
この日も昼ごろからのこのこ外出し、まずは「セント・ポール大聖堂」を観光しに行くことに。ここはバイキングの襲撃やロンドン大火による焼失を経て、1710年に古典的なバロック様式を取り入れて建てられた歴史ある建造物。当時のチャールズ皇太子(現・チャールズ国王)と故・ダイアナ妃が結婚式を挙げた場所としても有名だ。
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華やかさは抑えられ、市民が普段使いする質実さがある
高さ111メートルと、教会としては世界最大級の大きさを誇り、バチカン市国のサン・ピエトロ大聖堂に次ぐ大きさのドームを持つ。……らしいのだが、それを聞いて私がどうにも釈然としないのが、以前、スペインに行ったときに見たサグラダ・ファミリアのほうがどう考えても大きかったと思ってしまうからだ。
あれは未完成だからノーカウント、ということなのだろうか。それとも、「国際教会協会」みたいなのがあって、サグラダ・ファミリアはそれに加盟してないから公式記録からハブられている…みたいなことが起きているのか。
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いや、サグラダ・ファミリアに限らず、バルセロナ大聖堂や、特に目的地というわけでもなくふらりと立ち寄っただけのサンタ・マリア・デル・マール教会ですら、もっとずっと大きかった印象がある。スペインはサン・パウ病院もグエル邸もカタルーニャ音楽堂も、とにかくすべての観光施設のスケール感がどでかくて壮観だった。もしかすると、その総体としてのイメージが、私に「スペインの教会=セント・ポール大聖堂よりでかい」というニセの記憶を植え付けているのかもしれない。
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セント・ポール大聖堂よりデカくね?
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やっぱりセント・ポール大聖堂よりデカくね?
セント・ポール大聖堂は、白や金を基調とした静謐なデザインや、細密で幾何学的な装飾に、生真面目で几帳面な職人肌を感じる。実直な人間がその技術の粋を集めて作った感じだ。それに対して、スペインの教会はどこか人間離れしていて神がかってるというか、神の意思と知恵をお借りして作りましたという霊的なおごそかさがあった。常日頃、「みんな違ってみんないい」という金子みすずイズムを実践したくはあるのだが、これに関してははっきりとスペインの教会のほうが壮大でよかったな、と思ってしまう私がいる。これはもう好みの問題だ。
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続いては、Gracechurch St.にある14世紀から続くと言われるロンドン最古の市場Leadenhall Marketへ。映画『ハリー・ポッターと賢者の石』では、パブ「漏れ鍋」とダイアゴン横丁近くの風景としてロケ地に使われたこともある。
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確かに街並みは非常に絵になるし、「ロンドン来ました」感をガツンと感じさせてくれるが、生鮮食品やチーズ、花などの生活用品を売る店が多く、観光客がショッピングを楽しむような感じではない。先日のBrick Lane Roadのようなシモキタ的喧騒に比べるといささか拍子抜けだったので、ここは早々に切り上げて、次の目的地Sohoエリアに移動した。
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イギリスでおいしいのはインド料理
当たりはずれが大きいと言われる英国メシだが、ここは間違いないとロンドンで超人気のインド料理店がDishoomだ。ロンドン市内に何店舗かあるうち、SohoエリアにあるDishoom Carnabyで遅めのランチをとる。ここがもう、やたらめっぽうおいしくて感動してしまった。
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まず頼んだのがオクラのフライ。オクラにスパイシーな衣をつけて揚げようという発想がなぜ今まで日本になかった? むしろオクラの調理法の正解ってこれなのでは? 刻んでネバネバさせてる場合じゃないぜ!と思うほどおいしく、酒のつまみにもぴったり。日本の居酒屋は即刻これをレギュラーメニューに加えるべきだし、お菓子メーカーはこれをフリーズドライで再現したスナック菓子を速やかに開発したほうがいいと思う。UHA味覚糖にならできるはずだ。
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次に、最近日本でもすっかり定着したチキンビリヤニ。チキンの旨味とスパイスの複雑な芳香が絡みあい、インディカ米特有のサラサラ&ホロホロの食感とともに口の中が満たされていくさまは、さながらチキンとスパイスのダンスホール。チャーハンや焼き飯からでは得られないビリヤニ特有の「米が舞い踊る食感」には替えの利かない愉悦がある。
カレーはスパイシーマトンをチョイス。その名の通りしっかりとした辛さがあるが、日本人の舌にも親しみやすいスパイスカレーで、マトンの臭みがまったくなく牛肉と勘違いしてしまうほどだった。私たちはマトン特有の臭みを「通好みのするクセ」、なんなら「羊を食べる上での醍醐味」くらいに思っているが、日本人よりよっぽどマトンを食べる文化に熟練しているであろうインドでも、普通に臭みはないほうが良しとされているのか…。やや肩透かしをくらいながらも、正直これまでに食べたどのマトンカレーよりもおいしかった。
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ロンドンに行く人みんなにおすすめしたいくらいの名店だ
いや、もっと正直に言ってしまえば、今回のイギリス旅行全体を振り返っても、一番おいしい食事だったかもしれない。下手したらセント・ポール大聖堂よりも感動したし、少なくともLeadenhall Marketよりはだいぶ上だ。
イギリスにおけるインド料理のレベルがここまで高いのは、もちろんイギリスが長らくインドを植民地支配していたことと無関係ではないだろう。他にもロンドンにはシンガポール料理やアフリカ料理、カリブの伝統料理などの名店が多い。俗にイギリス料理がまずいと言われるのは、世界中の植民地の各国料理がおいしすぎて自国の料理をあんまり発展させる必要がなかったからなのでは…という不謹慎な邪推すら浮かんでしまう。
そういえばセント・ポール大聖堂には、イギリスの英雄ネルソン提督がエジプト遠征中のナポレオン海軍を破ったときを記念したモニュメント(たぶん)があったのだが、そこには「ビバ!ネルソン提督!」といった感じでスフィンクスが狛犬のように左右に配されており、「それ、お前んとこのじゃないだろ!」というのがちょっと気になった。「そういうとこだぞ」とも思った。
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こういうのは文化の簒奪だといって怒られるやつだとも思う
イギリス文化について考えると、かならず植民地支配の負の歴史にぶち当たる。そういうふうにできている。そして、その後ろめたさのようなものが、イギリス人を「英国紳士たれ」という強迫観念に駆り立てているのではないか、なんてことも思ってしまうのである。
オサムもタツキもいる国・ニッポン
食後は腹ごなしに、近くのRegent St.にある百貨店「リバティ」へ。「ハロッズ」や「ハーヴェイ・ニコルズ」と並ぶロンドンの代表的な百貨店のひとつだが、もともと布地屋の息子が創業しただけあって、小花模様やペイズリー柄をプリントした布地と、それらのデザインを施した商品が定番として有名なところだ。
外観も特徴的でかわいいのだが、写真を撮り忘れたので、ここでは店内にレゴブロックで再現されていたリバティ百貨店をご覧ください。
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そうこうしているうちに、早くも日暮れが近づいてきた。夜はピカデリーサーカスでミュージカル『レ・ミゼラブル』を見ることになっていたので、その道すがら、上演までの時間をマンガ&絵本専門店のGosh!comicsでつぶすことにした。
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1階は新刊やおすすめ&話題の本のコーナー。各国のマンガが並べられているが、やはり「LGBTQ+」ジャンルはホットなようで、中でも『HEART STOPPER』というイギリス発の青春BLコミックはベストセラーとなっており、NETFLIXでドラマ化までされているらしい。確かスペインに行ったときもシリーズで面陳されていたので、その人気は世界的なようだ。
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日本のマンガでは、宮崎駿や水木しげるといったレジェンド級の王道に加え、押見修造の『スイートプールサイド』や、永田カビの『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』の英訳版があるのが目についた。とりわけ、駕籠真太郎のイラスト集が平積みされるくらいフィーチャーされていたのが興味深かった。
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地下はアメコミを中心とする既刊本のアーカイブになっているのだが、3つある壁面のうち1面を日本のマンガが占めていて、ニッポンは本当にMANGAの国として世界から認識されているんだなあ、というのを肌で実感する。
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『SPY×FAMILY』や『チェンソーマン』はもちろん、『東京リベンジャーズ』『ブルーピリオド』『進撃の巨人』『僕のヒーローアカデミア』など、日本での売れ筋はこちらでもほぼほぼ押さえられている。かと思えば、『マスターキートン』とか『ベルセルク』『シガテラ』といった往年の名作や、『はだしのゲン』や『ブラックジャック』といったレジェンド級の作品たちが、新作と区別なくいっしょくたに並べられているのだ。
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考えてみたら当たり前だが、海外の人にとっては『ブラックジャック』と『北斗の拳』と『マスターキートン』と『DEATHNOTE』と『NARUTO』と『チェンソーマン』が、いつの年代のどんな時系列で世に出たマンガかなんて知るよしもないだろう。彼らにとってはすべて同じ「ニッポンのMANGA」である。
つまり、手塚治虫も藤本タツキも、概念の上ではざっくりと同じ国の同じ時代の人として並列に認識されていてもおかしくない。そりゃあニッポンはMANGAの天才だらけの国だと思うんじゃないだろうか。
ちなみにその手塚治虫だが、海外で出版されている『ブラックジャック』や『アポロの歌』『アドルフに告ぐ』の装丁が鬼クソかっこよくてビビった。思わず買って帰ろうかと思ったが、分厚くてあまりにも荷物になるのでなんとか思いとどまった。これ、日本でも出してくれないか。
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ここまで読んでお気づきの方もいるかもしれないが、この「ロンドン滞在日記」の連載を始めて7回目。今回、書いていてまったく手ごたえがない。取りとめのないまま、いつまで経ってもドライブがかからずに書き終わらないのだ。たぶん、セント・ポール大聖堂とLeadenhall Marketがいまいち盛り上がらなかったことが、日記を書くテンションにも影響を及ぼしているのだと思う。
実はこの日のメインイベントはこれからで、ソンドハイム・シアターで名作ミュージカル『レ・ミゼラブル』を観劇した話が続くのだが、ここはいったん気持ちをリセットするためにも、来週「後編」として書かせていただきたい。
日記なのだからこういう日もある。と思ってほしい。しかし、出かけた日でこれなのだから、この先待ち受けている「本当に何もしなかった日」の日記をどうやって乗り切ろうか、今から考えあぐねている。(つづく)
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