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お前のバカで目が覚める! 第8回「世界の中心で、おばさんを叫ぶ」

【注記】
これは、ぴあが発行していた情報誌「weeklyぴあ」に2003年7月14日号〜12月22日号の半年間連載していたコラムの再録です。文中に出てくる情報や固有名詞はすべて連載当時のものです。現在のポリティカル・コレクトネスや倫理規範に照らし合わせて問題のある表現が数多くあり、私自身の考えも当時から変化している点が多々ありますが、本文は当時のまま掲載し、文末に2023年現在の寸評を追記しました。

世界の中心で、おばさんを叫ぶ

 よく駅ビルのテナントとかに入っている「ステラおばさんのクッキー」ってあるじゃない。あの店を見かけるたびに、「ステラおばさん」に対して「誰なんだよお前はよ」というストレートなツッコミを禁じえない私がいる。「森山直太朗の歌う後ろでピアノ弾いてる人」くらいの「誰なんだよお前はよ」さ加減、とでも言おうか。

 気になって思わずインターネットで調べたら、なんと実在してやがったぜ、ステラおばさん。アメリカのペンシルバニアで幼稚園の先生をしていたらしい。解説には「ステラおばさんは、ときどき子どもたちのお尻を叩きながら、でも叩いた回数と同じだけ、子どもたちのためにクッキーやケーキを焼く、そんな先生でした」とある。

 ……なんだそれは。一見いかにも「心あたたまりげ」に書かれているが、よく考えると「いい話」なのか何なのかさっぱりわからない。どうやら私たちがこの店のクッキーを一枚食うたびに、ペンシルバニアのどこかでまた一人子どものケツが叩かれてゆくという理不尽なシステムになっているようだ。せっかく創案者をフィーチャーするなら、カーネルサンダースや梅宮辰夫に倣って、ステラおばさんも店頭でニヤケて棒立ちになればいいのに。

 それにしても、ステラおばさんに限らず、「カンデラおばさんのパスタ小屋」しかり「クレアおばさんのクリームシチュー」しかり、西洋伝来の食い物には、なぜか執拗に自分の料理を振る舞いたがりがちなおばさんキャラが定番である。しかも決まって「老後のアニー」みたいな丸眼鏡にちりちりパーマだ。見ず知らずのおばさんの名が冠されたところで、そのブランドにどんな箔が付くのかは甚だ疑問であるが、大切なのはそのキャラが日本人ではないということだろう。

 「カンデラおばさん」が「貫寺おばさん」だったりしたら、揺るぎなく「小林亜星」みたいな顔しか頭に浮かんでこないし、「房江おばさんのクリームシチュー」とか妙にリアルな名前でもなんだか萎える。きっと房江はシチューを平気でどんぶりによそう。運んでくるとき、親指を半分スープに突っ込んでいる。熱がりませんよ房江は。そして、具にはなぜかサトイモやコンニャク、期限切れのクーポン券などが入っているだろう。なんたって房江なのだから。

 そう考えると、日本では「家庭の味」のイメージキャラは「おばさん」ではなくてもっぱら「おばあちゃん」なのだね。あくまで「ぽたぽた焼き」は「おばあちゃんの」でなければならない。やめろ! おばさんにはぽたぽたさせるな! なんか知らんが心の軍曹が必死でそう訴えている。上官の命令は絶対だ。

 西洋のおばさんと日本のおばさんの間には、どうやら厚く険しいぬりかべが立ちはだかっている。その謎を解くヒントは、おそらく柴田理恵、磯野貴理子、やがては中澤裕子へとつながる文脈の中に隠されているはずだが、正直探りたくはない。

(初出:『Weeklyぴあ』2003年9月1日号)

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【2023年の追記】

この原稿で指摘したように、日本には「ハンドメイド感を演出するためのおばさんブランディング現象」というものがあり、「ステラおばさん」「カンデラおばさん」「クレアおばさん」の”3大おばさん”以外にも、ざっと検索しただけで全国津々浦々に以下のようなローカルおばさんが点在していました。

アニーおばさんのチーズケーキ(現在も健在)
ワンダおばさんのチーズケーキ(現在も健在)
メリーおばさんのホームケーキ(昭和50年代の料理本、現在は絶版)
スージーおばさんのトマトパスタ(現在は閉店)
デュラムおばさんのカップパスタ(サンヨー食品のカップ麺、現在は製造中止)
ルイサおばさんのパスタ(乾麺、現在の生死は不明)

「さまざまな」と言いながら、なぜかケーキやクッキー、パスタといった小麦製品にはっきりと偏っているのが奇妙な特徴です。このジャンルで「おじさん」が前面に打ち出されているのは、りくろーおじさんのチーズケーキと、ビアードパパのシュークリームくらいではないでしょうか(ジャムおじさんというビッグボスがいますがここでは除外します)。

もしも私が人文系の研究者だったら、「おばさん」や「おばあちゃん」キャラを割り振られがちな食品、「おじさん」や「おやじ」キャラを充てられがちな食品にどんなジェンダー差があるのか、正式に詳しく調査してみたいのですが、正直そこまでの熱意はありません。ぜひ、フジテレビの『私のバカせまい史』で取り上げてほしいです。

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