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男のコンプレックス Vol.17「初デート男子のグダグダ感」
【注記】
これは、マガジンハウス「POPEYE」2010年2月号〜2012年5月号に連載していたコラムの再録です。文中に出てくる情報や固有名詞はすべて連載当時のものです。現在では男尊女卑や女性蔑視、ジェンダーバイアスに当たる表現もあり、私自身の考えも当時から変化している点が多々ありますが、本文は当時のまま掲載し、文末に2023年現在の寸評を追記しました。
もどかしい空回りも、
男の恋のガソリンなのだ!?
横浜の公園で、通りすがりのカップルに「写真撮ってくれませんか? カメラ2つあるんですけど」と声をかけられた。男は20歳前後で、元高校球児特有の半端なヤンキーセンスが光るロバートの馬場ちゃん似。相手の女性は彼より2~3歳年上で、目元のキツさが鳥居みゆきに似たなかなかの美人だ。2人はまだ付き合っておらず、その日は彼から誘った初デートらしかった。
なぜそこまでわかるのかといえば、公園で声をかけられる前から、中華街を走るバスの中で私が2人の会話を盗み聞きしていたからにほかならない。
「小龍包とシュウマイってどう違うんすかね? わかんなくないすか?」
馬場ちゃんは車中ですでに会話の糸口を見失っていた。中華街だから小龍包って、あまりに未来のないトピックチョイス。適当にうなずく鳥居さんの目つきは、明らかに「興味ねえよ! つうかわかれよシュウマイと小龍包はよ!」と語っていた。
このままでは、「水餃子ってボクサーの耳に似てないっすか」などと焦って話を広げ、さらに傷を深めかねない。そこで彼は、記念写真を撮って“2人の仲が縮まった”既成事実を作るべく、公園で私に声をかけてきたわけだ。
ところが、「カメラ2つ」と言われた鳥居さんが、一瞬「え?」という表情になった。彼女の手にカメラはない。完全に「写真とか別によくね?」というスタンスだ。しかも、しぶしぶバッグから取り出そうとして、デジカメを慌てて地面に落としてしまった。
「お前が余計なこと言わなきゃ……」
取り返せない気まずい空気。馬場ちゃんの恋路は、もうグダグダだった。
わかるよ。俺も踏み込みたい相手との初デートに限って空回りするもの。用意してたギャグがスベりたおす、とっさの下ネタがドン引き、下調べしていた店が臨時休業、動物園に行ったらパンダが病欠。そして、終電が近づくと女の子は体調不良で帰りがち。でも、そんな踏み込めないもどかしさの追いかけっこが男の恋のガソリンだって、そう信じたいよね、馬場ちゃん!
(初出:『POPEYE』2011年6月号)
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【2023年の追記】
なぜかこの回だけが、私が実際に出くわしたできごとを綴ったシンプルなほのぼのエッセイになっているのは、震災で傷を負った前回の反動でしょうか、それとも単にネタ切れだったのでしょうか。たぶん後者です。
このできごと自体は、今でもぼんやりと覚えています。ふだん、いわゆる「エピソードトーク」的なことを文章にすることはほとんどないのですが、バスの車中でたまたま耳に入ってきた「小龍包とシュウマイってどう違うんすかね?」というフレーズのしょうもなさ、そしてその本人からのちのち話しかけられるという伏線回収の奇跡が、強烈なインパクトとして残ったのだと思います。
当時は、街に溢れる男女のペアを見ると、全員が恋人か夫婦のように見えて「けっ」と思っていたものですが、実はそんなことなくて。シンプルに友達同士だったり、どちらかが思いを秘めていながらそれをおくびにも出さなかったり、どちらかが「今日このあと告白されたら嫌だなあ、どうしようかなあ」と思っているデートだったり、お互いどうなってもいいと思いながら結局どうともならずに友達としてずるずる続いている関係だったり……。世の中の男女ペアというのは実際はもっともっと多様なのだという、しごく当たり前のことに気づかせてくれたのが馬場ちゃん(仮名)だった気がします。
おそらくあの後、馬場ちゃん(仮名)の恋が成就することはなかったと思いますが、鳥居さん(仮名)とはまったく関わりのない幸せな人生を送っていることを祈ってやみません。馬場ちゃん(仮名)に幸あれ。