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【第2話】おしりを出した子 一等賞〜慎森はグッドルーザーな自分を認められるか〜

言葉が気持ちを上書きしちゃうひねくれ慎森

佐藤鹿太郎(角田晃広)が女優の古木美怜(瀧内公美)の自宅に招かれ、読み合わせに付き合わされる。その台本のタイトルが『逆に愛してる』なことに注目したい。

「プライドが大きいほど人間の器が小さくなる」「人から嫌われるのが怖くなくなった人は、怖い人になりますよ」「私が言ってないことはわかった気になるくせに、私が言ったことはわからないフリするよね?」「弱い犬ほどよく吠える」「先生のパラメーター攻撃力は100なのに防御力は1だね」……と、2話は中村慎森(岡田将生)のひねくれた《逆に●●》な性質で溢れている。

慎森が「●●っているかな?」といちいち否定するものは、逆に彼がしたくてもできないことへのコンプレックスの裏返しである。「消せば消すほど増えるものってあるよね?」とは、本当の気持ちを消そうとするほど逆に憎まれ口が増えてしまう自分自身のことだ。痛いときほど「大丈夫」と自分を励まし、冷静じゃないからこそ「僕は今、冷静です」と自分に言い聞かせる。

奥歯に挟まっていたゴマの味が後からしてくる「味ゾンビ」のように、1話の「言葉にしたら言葉が気持ちを上書きしちゃう」というとわ子の台詞が、2話で後から効いてくるような展開だ。坂元作品フリークなら、ここで『カルテット』の家森諭高(高橋一生)による「言葉と気持ちは違うの」という台詞も自然と想起するかもしれない。

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歌い出すウサギのぬいぐるみが示すもの

2人きりでとわ子と向き合って話したいのに、いつものように憎まれ口で応酬してしまう慎森。だが、ウサギのぬいぐるみが歌うのをとわ子が止めた途端、スイッチが入ったように「本当は思い出にできない。さよならが言えない」「なくした時間を取り戻したい」と素直な気持ちがこぼれ出す。

彼は、壊れたぬいぐるみのように歌い続けていないと、寂しくて死んでしまうウサギである。ウサギが歌う曲は『にんげんっていいな』。「ぼくも帰ろ お家へ帰ろ」と願いながら今はビジネスホテル暮らしをする慎森は、嫌われる前に自分から人を嫌うことで、自分の心が傷つくのを守ってきたのだ。本当は誰よりも「いいないいな にんげんっていいな」と思っているくせに。

くまの子みていた かくれんぼ
おしりを出した子 一等賞
夕焼けこやけで またあした またあした
いいないいな にんげんっていいな
おいしいおやつに ほかほかごはん
子どもの帰りを 待ってるだろな
ぼくも帰ろ お家へ帰ろ
でんでんでんぐりがえって バイバイバイ

理屈と皮肉で人を詰めてしまう慎森のめんどくささは、『最高の離婚』の濱崎光生(永山瑛太)や、『カルテット』の家森諭高の生きづらさに通じるものがある。濱崎も家森も、みんなが楽しんでいるお正月や運動会を楽しめず、居場所がなくて悪態をついていた子供時代が容易に想像できるではないか。イベントの輪に入れず、遠巻きに見ている様子は「くまの子みていた かくれんぼ」「もぐらがみていた 運動会」の歌詞も彷彿とさせる。

もぐらがみていた 運動会
びりっ子元気だ 一等賞
夕焼けこやけで またあした またあした
いいないいな にんげんっていいな
みんなでなかよく ポチャポチャおふろ
あったかいふとんで 眠るんだろな
ぼくも帰ろ お家へ帰ろ
でんでんでんぐりがえって バイバイバイ

慎森にとって、スマホを口から離して水平に持って喋る男を揶揄して意気投合し、嫌いなものを言い合うときにもっとも息がぴったり合ってしまい、「いいんだよ、はみ出したって。嫌なものは嫌って言っておかないと、好きな人から見つけてもらえなくなるもん」と言ってくれるとわ子は、どんなに救われる居場所だったことだろう。

そんな2人の関係を、慎森は自分から捨ててしまった。最初は主夫としてとわ子を支えていたのに、司法試験に3回続けて落ちるうちに、あるいはご近所からの主夫をバカにするような視線に晒されるうちに、彼女の仕事での成功と出世に嫉妬しはじめ、ある日レジ袋を放り出したまま二度と帰らなかったという。そんな彼の結婚生活ぶん投げエピソードは、有害な男らしさをめぐる典型的な男性問題である。

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捨てたものは拾われ、本来とは別の機能を発揮する

とわ子の言うとおり、「捨てたものは帰ってこない」。しかし、そもそも2人の交際は、捨てられたソファを拾って帰ることから始まった。唄がゴミ捨て場から拾ってきたウサギのぬいぐるみは、慎森から本音を引き出すスイッチになった。

同様に、終わってしまった結婚生活も、この先その人の大切な一部になる。叶わなかった思いも、いつか違う形でどこかに届く。とわ子の「別れたけどさ、今でも一緒に生きてると思ってるよ」は、別れた慎森への最大級のエールであるとともに、「行かなかった旅行も思い出になります」(by『カルテット』)という坂元裕二作品の大テーマの言い換えだ。

叶わなかった思いはいつか違う形でどこかに届くという「誤配」は、坂元作品のキーワードである。だから2話では、ものの本来の機能や目的がずらされ、誤配されていく。犬用の缶詰を人が食べる。座るためのソファが洗濯物置き場になる。すき焼き専用の卵があっても、結局お肉を食べるためのすき焼きになる。ソファの足を切るためののこぎりが、とわ子をパトカーで連行させる小道具になる。

そして、「人を幸せにする機能が備わってない」と自嘲する慎森も、きっと誰かに幸せをもたらす役割を果たしていくに違いないのだ。かつて、女子高生のいちごのタルトが、離れた席の無関係なとわ子の背中を、そっと押していたように。 

本来の勝ち負けでは敗者でも、負けたときに何を思うか何をしたかで本当の勝者(グッドルーザー)になればいい、と小谷翼(石橋菜津美)は言った。まさに「おしりを出した子 一等賞」「びりっ子元気だ 一等賞」の精神である。

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