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賢い子はなんでもできる?見失ってしまうのはいつも大人。。。悲しい目出見つめる陽介君の話。特別支援学校:現場より

賢いんです。うちのクラスの子、
賢いこいんで・・勉強ができるんです。
これ、特別支援学校の教員の仲間からもよく聞くキーワードです。

賢いって何?
わたしたちはこの「賢い」の言葉にまあまあ翻弄されて
子どもたちの本来の姿を見失っている光景もよくみます。

賢い=なんでもできる

みたいな構図ができてしまっているんですね。


低学年の子どもたちとかかわってきて
お着換えが自分でできて、身の回りのことも、そこそこできる。


言葉でやりとりがある程度できて、ひらがながよめて計算もできる。


この子は賢い。

けど集団参加できないって言葉よく聞きました。


その子をみつめていると
根っこにあったのは
毎日への不安と、できない、やりたいわからない、


そこから抜けることができない・・・

とても幼い自我を抱えてしまっていました。

小1で、発達年齢が3歳台後半あったようすけくん。


日常生活はほとんどのことを言葉を使ってやりとりしています。
集団参加は全く難しい、自立しているのはおトイレと着替え。


食事はごくごく限られたものしか食べません。

「ぼくは、いやだから みんなと一緒に勉強しない」


ようすけくんが入学式で言ってきた言葉です。
この言葉を使えば大人は無理強いしない、
やらなくていい、みんなと勉強はしなくていい。


そうやって知らず知らずのうちに
「やらない自分」を作り、
結果的に強い言葉のメッセージを使うことで大人を振り回し、
日々大人をコントロールしてしまっていたのです。

あー楽しかった。

できたよ!わかったよ!

そんな毎日を過ごせていなかった・・・。

そっか・・・

嫌なんだ。じゃ、やめておこう。

そっか・・・

怖いんだ。それは無理よね・・・・


ようすけくんにとって 大人って、困ったら大人って助けてくれて、一緒に成功させてくれる存在ではなかったんです。。


因果関係がわかって言葉を発しているのではなく
ただ不安でどうしたらよいのかわからなかったから
持っている言葉をすべてつかって・・・ そうしてやらないことで
現状維持を保つのが必死だったんです。

ようすけくんは園時代に続き同じようなきもちで入学してきました。
幼児期に獲得するはずの大好きな先生となら、

楽しい、一緒ならできそう!!やってみよう!!

そういう大切な気持ちをはぐぐむことを獲得しないまま育ってきました。


ちゃんと自分の気持ちを話すから、賢いから・・・で積み上げられたものの裏には
自信がなくて、助けてくれない大人に対して悲しい目でみるようすけくんの姿がありました。

入学してきて、そんなようすけくんに行ったのは
「育ちなおし」の時間を保証することでした。


もう一度1歳台の課題から

そういうことやったんやね。できたよ!!

そして
大好きな先生と
ぴょんぴょん、ゆらゆら、ぎゅっからのやり直しでした。

それはそれはそこに至るまでいろんなことがありましたが、2か月もするとまず信頼する先生の存在ができました。

その先生とならやってみよう 少し挑戦する姿ができてきました。

それができるようになったのはぐるぐるぴょんなどの好きな活動が毎日保証されていたから。
その時間を励みにいつも好きな活動を一緒にやってくれる大人がそばにいたからこそです。


そんな毎日を丁寧丁寧に過ごして
1年後にはいろいろなことに挑戦できるようになりました。

絶対食べないと言っていたごはんもたべることができるようになりました。


そして、「やらない」「参加しない」はもう聞こえてきません。

むしろ「やりたい!」といってアピールしてしまうくらい。非常に前向きです。

友達に「順番守りや」って注意するくらいのポジションに代わりました。(笑)


そして、何より友だちと先生と一緒になって遊ぶ姿がたくさんみられるようになりました。


ようすけくんのように大人が見失わなけれな、そして早ければ早いほど育ちなおしができる子どもたちです。

「賢い」と勝手にとらえてしまった大人、そしてその子の底に隠れた埋められていないモノ・・・・それをみつけて埋めることができる!!

今なら間に合います!!!!

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