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大学時代の退部決意から独立リーグへ。150キロに到達した右腕が見えた未来。

ワイラプインターンの松浦拓矢です!

選手インタビュー企画「#ワイラプ博物館」の第7回目の記事執筆を担当させていただきます。

この連載では、博物館のように選手一人一人の歴史がわかる場になればと思います。そして読者の皆様は、ぜひ選手の魅力を発掘してください!

本日は、高橋康ニ 選手のインタビューです。

高橋康ニ(たかはしこうじ) 滋賀県出身 1995年2月7日生まれ
甲南中学校▷水口高校▷福井工業大学▷滋賀▷福井

−本日は、150キロの豪速球でNPBスカウトも注目する高橋投手の野球人生を振り返っていきます!よろしくお願いします!

高橋選手(以下、高): よろしくお願いします!

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■あまり好きではなかった野球

−では、高橋選手が野球を始めたきっかけはなんですか?

高:もともとサッカーに興味がありましたが、4つ上の兄の練習を見に行っているうちに、気づいたら練習にも参加していました(笑)

−サッカーがしたかったんですね!(笑)
ポジションは当時からピッチャーでしたか?

高:いえ、最初はサードでしたね。途中からピッチャーがやりたくなったので、監督に提出していた野球ノートに書いてみると、ピッチャーをさせてもらえるようになりました(笑)

小3でピッチャーを始め、小5の時にはエースで4番でしたが、球が速くて捕れるキャッチャーがいませんでしたね(笑)

(写真は本人提供。右が小学3年生時の高橋選手)

−濵田選手のときにも聞いたエピソード…(笑)
中学時代はシニアやボーイズチームに所属していましたか?

高:親に無理やりボーイズに入団させられました(笑)
しかし、中2の時に学校の部活動の顧問として有名な監督が赴任してきて、そっちで教わりたいと部活の野球部に移りました。練習がキツすぎて、めちゃくちゃ後悔しましたが…(笑)

当時もピッチャーをしていましたが、成長が周りよりも遅く、全然筋肉がつかなかったですね。身長は3年の時に一気に180cmまで伸びました。

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■芽生え始めた闘志

−続いて、地元滋賀県の公立校である水口(みなくち)高校を選んだ経緯をお聞きしたいです。

高:家に近くて、兄も通っていたからですね。僕の代はボーイズやシニア上がりの選手が多くて、良い選手が集まっていました。私は1年の中で4番手ピッチャーでしたね。

冬場は筋トレに挑戦してみましたが、球速が110km/hから130km/hに上がりました
そのまま2年でエースになることができ、1人で滋賀大会・近畿大会まで投げ抜きました。

−3年生の時はどうでしたか?

高:最後の夏の大会はベスト8でしたね。
当時、ぶっちゃけると野球自体は好きじゃなく、ようやく髪を伸ばせる喜びが大きかったですし、将来は美容師志望でした(笑)

でも、不思議と終わってみるとしっかり悔しくて…。
大学進学を考えるようになりましたね。

(高校2年秋 1人で滋賀大会・近畿大会を投げ抜いた)

−複数の大学から声もかかっていたかとは思いますが、その中で福井工業大学に進学を決めた理由はなんですか?

高:神宮大会への切符が近かったことと、水口高校の先輩も進学していたからですね。
でも、大学への進学を決意した2ヶ月後には、引退ライフを満喫しすぎていたので、やっと芽生え始めた野球に対する熱はすっかり冷めきっていました(笑)

−ここまで聞くと、野球に対するモチベーションは高くなかったんですね…
今の高橋選手からは想像もつかないです。では、大学時代はどう過ごしていましたか?

高:全然高くなかったですね…(笑)
実は、高校時代に肘を酷使したため、高校野球引退後すぐに手術をしました。だから、僕の大学生活は3年まで一気に飛びます(笑)

少し投げても肘に痛みを感じては、すぐに投げるのをやめていました。そして3年時には、軽くうつ病のようなものにもかかりました

−うつ病ですか…。どうやって克服されたんですか?

高:今となっては謎な行動なんですが、ある日、大学の監督に「野球やめます」って、誰にも相談せずに突然伝えました。
監督はしっかりと話を聞いてくれて、「とりあえず親と相談しなさい」ということで少しだけ滋賀に帰省しました。

僕の両親は野球が本当に大好きで、僕が野球をやっていることが生きがいのようなものなんですよ
にも関わらず、“大学は卒業する”ことを条件に、野球を辞めることに同意してくれたんですよね。

−でも、今こうして野球は続けていますよね?何があったんでしょう?

高:そうですね。本当の本当に辞めるつもりだったんです。
そして退部を伝える日に親に買ってもらった自転車に乗って、いつも通り大学に行こうとしました。

するとその瞬間、親の顔を思い出してなんかすごく悲しくなってきて…。監督に退部報告に行くつもりが、「やっぱやります」って言っちゃってて…(笑)
それがきっかけで、どうでもいいやって吹っ切れちゃいましたね(笑)

−それはヤケクソになったということですか…!?

高:良い意味でどうでもよくなっちゃって、開き直って投げられるようになりましたね。すると、なんと145km/hが出るようになりました(笑)
でも、工大はピッチャーだけで50人もいるので、実戦経験のない自分には最後まで公式戦の登板機会はなかったですね。

(大学3年時。 あまり野球への意識は高くなく、良い思い出もほとんどなかったとのこと)

―――

■人生を変えた福沢監督との出会い

−大学卒業後に独立リーグに進んだ経緯はなんですか?

高:大学時に145km/hが出て野球に対する熱が出てきていたところではありました。でも力を披露する場はなく不完全燃焼で終わってしまいました…。

また野球がしたいと思い、BCリーグのオセアン滋賀ブラックスに入団することになりました。

−滋賀球団ではどのように過ごしましたか?

高:当時は、頭を使うことなくただ野球をやっているだけでしたね。
そしてまだ投げると肘の痛みは残っていて、うまくいかないことを肘のせいにしていました。最悪な投手でしたね。

当時、福井ミラクルエレファンツに岩本 輝 (いわもと あきら)というオリックスに進んだ選手がいたんですが、僕が滋賀1年目にいたときは正直目立たない投手だったんですよ。
けど2年目になると岩本選手は見違えるほど成長していました。福井球団の指導力に感心して、移籍を切望しました。ご縁あって滋賀で2年を過ごしたのちに福井へ移籍しました。

−実際に福井に移籍してみてどうでしたか?

高:福井に来て、福沢さん(前福井球団では投手コーチ、現ワイルドラプターズ監督)と出会ってから僕の人生が180度変わりましたね
福沢さんがたくさんのヒントをくれて、滋賀時代に乱れたフォームを矯正してくださいました。

試合の度に指導されたことの意味が身に染みてわかってきて、パズルがはまる感覚で野球がどんどん好きになっていきましたね。
好きなことって、どれだけ考えても苦じゃないんですよ。このときからずっと野球のことを考えるようになりました(笑)

頭の中が野球しかないから、無駄なことを考えなくなるんです。そうすると、言葉遣いや私生活も自然と改善されていきました

そして球速もついに150キロに到達しました

−とても楽しそうに話されますね(笑)
昨オフはニュージーランドに野球留学もされたそうですが、そこの話も聞かせていただけますか?

高:福井で過ごした昨シーズンに得た手応えは大きく、NPBを視野に入れるようになりました。可能性がある限り、やれることはやろうと思い、海外の話を耳にした瞬間に行くことを決めました。

−やっぱり日本との違いは実感しましたか?

高:オーストラリアリーグ(ABL)は球速が桁違いで、スピードやパワーには驚きました。特にチームメイトとなった北方悠誠さんの最速160キロの球は衝撃でしたね。

でも、福沢さんからヒントはいただいていたので、どう投げればそこに近づけるかは理解できました。あとは、ABLの選手は、規則正しい生活を送っていて、ジムのメニューも野球を理解した上で細部まで鍛えていて、驚きましたね。
本当に人間として完成していて、それを間近で見ることができたのは大きな収穫でした。

(昨オフは、ニュージーランドへ武者修行)

−現在、開幕が遅れていますが、何か思うことはありますか?

高:僕はポジティブにしか捉えていません。このような状況にならなければおそらくSNSにも目は向きませんでした
試合がないからこそSNSを活発におこなうようになりましたし、スカウトへのアピール機会の少ない今季はそうした発信が有利に働くと信じています

−なるほど。スカウトの目も考えているわけですね!
練習中も、後輩選手に指導している姿をよく見かけますが、指導していて思うことはありますか?

高:後輩には、成長の仕方の指導をしています。
特に、筒井にはよく指導をしているんですが、教えることで自分でも再確認ができますし、それがさらなる自身の成長にもつながっています

(球団公式YouTubeチャンネル「ワイラプTV」での高橋投手特集)

−日々成長しているということで、今期の目標を教えてください!

高:結果を残すのは最低条件です。その中で157km/h以上出して、なんとしてもNPBに行きます!

−その夢を実現させるにはファンの存在も大きいかと思いますが、ファンの方々にメッセージをお願いします!

高:SNSを始めてから特にファンの方々の存在の大きさに気付かされましたね

SNSで反応してもらえると、モチベーションにもつながります
フォロワーには学生も多くいるので、成長の仕方が伝われば嬉しいです。自分の学生時代は、頭を使わずに「ただ野球をやっているだけ」で終わってしまったので、ぼくの投稿で考え方が変わってもらえれば嬉しいですね!

https://twitter.com/nias8_3vy/status/1263724957940371456?s=19
(↑高橋投手のTwitter)

−本日はありがとうございました!
前半と後半では本当に真逆の野球人生で、聞いていてとても面白かったです!
福沢監督に教わった”考える野球”でNPBに行けるよう心から応援しています!

(文責: 球団インターン 松浦拓矢)

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