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ショートショート『子供のころを思い出す、不思議な折り畳み傘』
病院に置いてある折りたたみの傘。
雨が降ったけど、傘を持ってこなかった人は借りていって、今度来るときに返してくれればいい。
男女兼用で特に見た目に大きな特徴はない。誰が持ったとしても似つかわしくないっていうこともない。病院の事務員として働いてる私が、この折りたたみの傘の管理もしている。
実際にいろいろな人が借りて行って、そしてまた返してくれる。誰もが返す時にはお礼を言ってくれるんだけど、不思議なことにかなりの確率で不思議な体験をしたと伝えてくれることが多い。
1人目のパターンは二人連れで来た男女のふたり。女の子の体調が悪くなって体調を気遣って男の子が付き添ってきてくれた。一緒に来たけど、ほとんど付き合った仲ではなかった。傘を借りた帰り道、それぞれ2人が子供の頃の話をお互いにした。女の子は裕福な子だった。色々お嬢さんの 生活だったことをいくつか話した。男の子の方は貧しい家の子だった。結構生活が苦しくて、アルバイトをしたりとか、親が経営していた会社がつぶれて大変だったとか。そんな話はまだ知り合ってそんなに間がない二人には初めてのこと。女の子が返してきてくれたんだけれども、なんか子供の頃の話をお互いしてると全然育ちの境遇も違うんだけれども、なんか話の先がほんわかしていって、それから付き合い始めたのよっていう話だった。ほっこり。
2人目は、交通事故にあって怪我をしたおばあちゃん。何が良かったのか不思議だったのかどちらかわからないんだけれども、よかったって。よく話を聞いてみたら、子供の頃は山や野原で育った。自動車なんてほとんどなくって交通事故なんかないような地区だったし、あの頃を考えてみたら戻りたいな、交通事故になんか合わないで済んだかもしれない。
なんて考えてるうちに、でも病院行くのだって2つ山を越さないといけなかったことを思い起こした。途中から雨にでも降られたら、1時間でも2時間でもずぶ濡れになって帰ってきたこともあったっけ。なんてことを思い浮かべると、こんな親切な信頼できる病院が近くにあるなんて、やっぱり今の生活の方が幸せだなって思ったよ、っていう話でした。
3番目の患者さんは親子連れで、3人で1つの傘では帰れないっていうことで、子供2人用に1つの折りたたみ傘を借りて帰った。その帰り道に面白いことが起きたらしい。なんと子供たち2人の子供の頃の思い出が出てきた。子供なんだから子供時代の思い出って変だけど何かっていうと、その子供の前世の時の子供の頃の話らしい。
お兄ちゃんが言うには、父親が酒飲みで両親が喧嘩して大変だった、そんな子供時代だったらしい。妹の方は富豪の女の子だったみたい。雛人形なんて、自分の背丈と同じ高さの人形もあったりしてとても今では考えられない、でもがみがみ母さんだったなんてことを言ってたそうだ。でもお母さんがこうやって優しく病院に連れていってくれるから、やっぱり今の生活の方がいいなって子供たちが言ってたって。お母さんとしても、すごく安心して信頼してるよという話が聞けたことで喜んでいた。
そんな話のいくつかを不思議に思っていた。どうやらこの傘を持つと、子供のころを思い出させるらしい。
そんな私も仕事が終わった時に、急に雨に降られちゃったんで、もう患者さん用かもしれないけど、この傘借りてこうって借りて帰った。そうしたら帰り道不思議なことに子供の頃を確かに思い起こすんだよね。
小学校の図書館で借りた本のことをふと思い出した。細菌学者の北里柴三郎先生の伝記の本。その活躍を読んで、私も医者じゃなくて医学者になりたいって思ったんだっけ?勉強が好きでもなくて野球ばっかりしてたから、医者になんかとてもなれなかったけど。
まあ、でもこうやって地味に病院の事務方をしてる。あんまり人には言わないけど、何かっていうと患者さんとの対話を密にしている。その話の中で病気に関わることにちょっとでも絡みそうことがあったら看護師や先生方にも伝えてるし。そんなこんなでこの街に暮らす人たちに、信頼できる病院だなと思ってもらえて、この街の人たちに安心を届けられたらと思う。とまあ、私もいいことしてるかな。