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かつてビアフラという国があった

深夜、めちゃ酔っぱらって歌舞伎町を歩いていた。

サウナに行ってから1時間くらい眠り、酔いを醒ましてから麻雀を打とうと思ってた。どう考えても家に帰って寝るのが正解なんだけど、酔っぱらうと麻雀やりたくなるんだわ。

そんなとき黒人の客引きに声をかけられた。

客引きは違法行為だし、彼らからメリットある情報を得られる可能性はゼロだ。どっかの雀荘のゲーム代無料券とかくれるなら意味あるけど、彼らが連れてくのは飲み屋か風俗だけ。

会話する意味ゼロなんだけど、歌舞伎町の客引きは黒人が多く、謎の黒人を見るとどこの国の人なのか聞きたくなるんだわ。というわけで、どこの国か聞いたら、その答えが衝撃だった。ビアフラだという。

ビアフラ!!!

この国名を知ってる人は少ないんじゃないか。

ビアフラって今はない。1967年にナイジェリアから独立を宣言したけど、すぐナイジェリアに攻め込まれた。

ビアフラは包囲封鎖され、飢餓に苦しみ、この戦争で150万人以上が死亡したとされる。ひどい数字だよね。やせ細って腹だけ出た子どもの写真↓は世界に衝撃を与え、ビアフラは飢餓の代名詞になった。

ビアフラは1970年に降伏した。つまりわずか3年しかなかった国だ。地図の黒丸のあたりですね↓

俺が会った客引きがナイジェリア人とは名乗らずビアフラ人だと名乗ったのは、その地域では今も自分たちをビアフラ人だと思ってるのか、あるいは国外逃亡して他国でビアフラ人というアイデンティティを持って生きてきた人の二世か三世なのか、そのどちらかだろう。

ビアフラかー。たぶん初めて会ったし、今後も会うことはないだろう。

ビアフラ人は俺を飲み屋に連れていこうとする。酒を飲みたい気持ちはまったくないんだけど、たぶん生涯唯一の経験となるビアフラ人との邂逅が俺を感傷的にさせた。

物悲しい歴史を持つ国、大国に蹂躙された小国などの人にはシンパシーを感じちゃうんだよな。日本なんて人口1億以上いる大国だし、他国に蹂躙されてもないから、俺が勝手にそう感じるだけなんだけどさ。

亡命した人や移民となった人たちは、二世や三世になってもアイデンティティを失うことなく、コミュニティを作ってるよね。昔はニューヨークって人種の坩堝るつぼと呼ばれてたけど、いつまで経っても溶けあうことはないためサラダボウルと呼ばれるようになった。

もしかして現代の歌舞伎町に小さな小さなビアフラコミュニティがあったりするんだろうか? 亡命ビアフラ人が集まってるバーがあったりするの?

そんなことを思って、ビアフラバーか?と聞いたら、そうだという。

マジかよ。ほんとに? 世の中って広いなー。

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