瑞原明奈本『麻雀つれづれ日記 切った牌はもどらない』を読んだ
Mリーガー、瑞原さんのエッセイ本。
数日前に発売された。Amazon総合404位。3桁ならまずまずだ。
Mリーガー(というか麻雀プロ)の本は戦術書の体裁を取ることが圧倒的に多い。戦術書でありながら実質的にはファンブックとされ、ならばエッセイでいいはずなのに、正面きってのエッセイはこれが初なんだよね。そんな珍しい本。
読んでみてその理由がわかる。
まず大きな違い。それは本人が自分で文章を書いてること。最初から最後まで自分で書いてると思う。
ライターがまとめてる本は、目次の次か本の最後のほうに、構成〇〇とか編集協力〇〇ってライターの名前がある。そこで区別がつく。
この本も最後のほうに編集協力平澤元気ってあるけど、内容を見る限り本人が書いてるから、念のため平澤さんをかませといたけど結局は本人が書いちゃったって展開じゃないか。
一般に女子プロが著者になってる本は、戦術系だと男性プロでありライターでもある人が、あまり相談せず勝手に書いてると思う。んでエッセイ系の内容だと、本人から話を聞いて、それをライターがまとめる。
戦術本は内容をほぼ相談せず書いてると思うから、その人が著者になってる意味がほとんどない。
エッセイ系の場合は、自分で書くのとライターにまとめてもらうのと、どっちがいいという話ではないのね。一長一短だ。テイストがけっこう変わる。
本人から聞いた話をライターがまとめたものは、アイドル本の王道みたいな感じになる。事実経過をたんたんと書きつつ、要所要所で盛り上げる展開になりやすい。
長所は読みやすいこと。生い立ち、子どものころの趣味、どうやってデビューしたか、などが語られてゆく。
たとえばね、松本本『初代Mリーガー松本のベストバランス麻雀』↓は、
戦術書なんだけど、合間に入ってるコラムが面白い。彼の人となりを感じさせる人生の物語が語られてる。このコラムが典型的なライターまとめなんだわ。アイドル本の王道と一緒だ。
瑞原さんの本はそういう感じじゃねーんだわ。まず事実経過が語られない。多くの内容は、瑞原さんが「こう思う」という話だ。「こうなった」→「こうなった」という本じゃなく、「こう思う」→「こう思う」の本。
事実を語った本のほうが読みやすいけど、思った系の本は濃度が濃い。どういう人なのかがいっぱい表れるから。
この本には「〇〇は嫌い」という表現が何回も出てくる。ふつう「〇〇が好き」はよく書くんだよ。でも「〇〇は嫌い」はあまり書かないでしょ。角が立つ可能性があるから。
この本はそういうことを恐れずズバっと書いてる。だから、瑞原さんに興味がある人にとっては濃い本になってる。自分で1冊丸ごと書く人ってあまりいないよ。
何度も出てくるのは、アイドル的な立ち位置に立つつもりはないということ。アシスタント的な聞き役の仕事を断ったとか、水着の仕事はしないとか、そういう話が何度も出てくる。
例を出そうか。
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