親の洗脳との戦い
ぼくの父親は開成高校の進路指導担当だった。
進学校として名高い開成では、進路の悩みは1つしかない。
1つというのはさすがにおおげさかもしれんけど、もっともメジャーな悩みは、東大理系を目指すか医学部を目指すかだった。
家の電話で、よく生徒からの進路相談に乗っていた。父の言ってることから、話の内容がわかるんだわ。父が語っていたのは、常に医学部の悪口だった。
覚えているフレーズがある。「これから医者あまりの時代だというのに、今から医者になってどうするんだ」
というか、それ以外のフレーズは記憶にない。常に「医者あまり」を語ってた。
聞いてたのは、ぼくが高校生のときかね。というのは、小学生や中学生のときは、高校生の進路なんて1ミリも興味ないから、聞いても100%スルーして印象に残らなかったと思うので。
というわけで、自分の進路について考える時期に、100回くらい医者あまりってワードを聞いていた。
父は教科としては数学の教員だった。
大学院を、最初は化学に行って、つぎに物理に行って、最後は数学へ行った。
化学では、手先が器用で世渡り上手なやつが実験でいい結果を出しやがる。真面目にやっても報われない。そんな悩みから、化学→物理→数学へと、どんどん理論に逃げてきた。いつだったかそんなことを語ってた。
高校の教員になったけど、ほんとは化学の研究者になりたかったんだと思う。
生粋の理系の人で、一番好きな分野は農学部に属するやつだった。植物が好きだった。
そういう人だから、同じ理系でも医学部を好きじゃないんだわ。研究者が好きだった。世渡り上手なやつは嫌いで、実験でいい結果が出なくてもコツコツ研究を続けるオーバードクターみたいなやつが好きなんだよな。
まあ開成高校の医学部志望者には、医学に興味あるやつなんていないからね。功利的な理由だけだ。世間に聞こえがいいのは東大かもしれんけど、確実に高収入を得られるのは医者じゃね?という動機が100%だったと思われる。
高校の進路指導って、担当教員の好みを語るもんじゃなく、生徒の適性を見て、そいつの内面を引き出し、高校生にはまだわからない世の中を教えてやるもんだと思う。理想としてはね。
でも父が語っていたのは常に自分の好みだった。
ぼく自身、何度となく言われたもんな。どの分野でもいいけど、コツコツやり続ける理系の研究者が向いてるんじゃないかって。父の好みを、ぼくの適性として語ってた。
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