漫画秘宝

【麻雀漫画】麻雀漫画に青春は存在するか?

『まんが秘宝 青春まんがクロニクル』というムックに書いた原稿です。青春について書いたはずなのに、書いても書いてもなんか変で、書き終わったときに「そーか、青春は存在しないんだ!」と気づき、それから改めて書き直したのがこれ↓

麻雀漫画に青春は存在しない

麻雀×青春というテーマでこの文章を依頼され、楽勝だと思った。麻雀漫画にはむちゃくちゃ詳しいので、「麻雀漫画で学ぶ精子と鞭毛虫(べんもうちゅう)の見分け方」くらいの難題ですら、やればどうにかなると思っている。

締め切り間際になって書き出し、先ほどようやく書き終えたのだが、その結果わかったのは、麻雀漫画に青春はないという冷厳たる事実だった。というわけで、もう一度最初から書き直しているのがこの文章だ。

なぜ麻雀漫画に青春はないのか。麻雀漫画の歴史を振り返る文章を書いてみてわかったのだが、麻雀漫画というものは要するにスポコンなのだった。キャプテン翼がひたすらサッカーをやっているように、ひたすら麻雀だけやっているのである。一つのことにひたすら打ち込むのも青春の一断側面ではあるのだろうが、ウジウジグダグダした青春像とは違っていた。

それどころか、よくよく考えてみたら麻雀というのは青春とは対立的な存在だった。というのも、麻雀には「竜宮上効果」があるからだ。

竜宮上効果とは筆者の造語で、これは、その中にいるときは楽しくて現実を忘れることができるけれども、しばらくして現実に戻ってみると浦島太郎になっており、外の世界では飛ぶように時間がすぎていて、以前の友だち関係や大学の籍などが失われている、という現象のことだ。

平たく言ってしまうなら、麻雀にハマってしまうと友だちと疎遠になって大学を中退しちゃうよ、それくらい麻雀とは現実逃避には便利な道具だよ、ということになる。

人生から逃げるのに便利なだけではなく、麻雀は青春の悩みからも逃避する装置になる。本来なら、麻雀が好きな若い男性だったらこんなことをグダグダ悩むのではないか。

「俺は麻雀しか得意なものはないから、そこに価値を見出してくれる女の子を見つけ出してモテるしかないけど、雀荘に行っても男ばかり。そもそも麻雀を知らない女の子とは話を続けられる気がしない。じゃあどうすれば…」

麻雀漫画にもこういった情けない悩みを持つ主人公がいていいはずなのだが、見たことがない。

おそらくそんな漫画を読むとつらくなってしまうからだろう。麻雀は青春から逃げ出すための装置であって、麻雀漫画はそういった人たちが〝抜く〟ためのものだから、その世界の中では、麻雀さえ強かったら、金も女も社会的地位すらも、すべてが手に入るという価値観で貫かれているのである。

厨二病の世界

麻雀さえ強かったら万事うまくいくという世界観の好例が『天牌』だ。これは二〇〇〇年に連載が始まって、単行本が六八巻まで出ており、さらに外伝も二五巻まで出ているにもかかわらず、ろくにストーリーはない。いってしまうなら麻雀版『北斗の拳』であって、次から次へと強いキャラが出てきては麻雀を打ち続け、果てしなく最強者決定戦を続ける話だ。数え切れないほどキャラが出てくるのに、それでいて強さがインフレ化しないところが名人芸だ。

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