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堀之内聖と私20  

実は1996年末に、選手権全国大会出場を決めた浦和市立高校サッカー部はレッズのトップチームとレッズユースと試合をさせていただいた(トップチームには1-9で負けたが、1点を決めたのが堀之内。ウーべ・バインが上手かった)。その時レッズユースの監督をされていた現在の大宮の社長さんから「レッズユースのコーチにならない?」と誘われたことがある。彼に「なぜ僕なんですか?」
とお聞きしたら「あなたは他のサッカー部指導者と生徒への接し方が違う。俺は人を観る目がある。これからは選手上がりだけでなく生徒指導ができるコーチが必要だ。」と言われた。そして更に「S級コーチの資格取れる」や「ドイツへのコーチ留学ができる」と言われ、その気になった私は、妻に対し「俺、教員辞めてサッカーコーチになるわ」と言ったところ、妻は「もう1人じゃないんだ(ちょうど息子が生まれたばかり)。なに夢みたいなこと言ってんだ」と言いながら号泣した(それ以降、彼女が号泣したところを見たことない)。そして、義母には「公務員だから結婚させた」と言われた。

諦めきれなかった私は、色々な人に相談したが、大手銀行マンの友人に「お前、コーチで誘われても、誘ってくれた人がいなくなって、営業やれと言われてできるか?」と言われ、「できない」と答えたら「じゃあ、やめとけ。民間とはそういうところだ」と言われ、断ることにした。

Everything happens for a reason.あの時断って教師を続けたことに意味はあったのだと思う。

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