サッカー指導者として飛躍(浦和市立高校)時代28—ブラジルから帰って②
「ブラジルサッカー研修」のビデオは、なかなか好評だったので、志を同じくする指導者の方々に配って回った。当時、浦和市立高校サッカー部OBで浦和レッズのスカウト担当をされていた落合弘さんに「千葉の強豪校の先生にコピーして渡してもいい?」と聞かれたので、全く問題ないと答えた。
全然話したこともない指導者の方に「あのビデオの声の方ですか?」と聞かれることもあった。生徒たちと一緒に練習していた浦和高校の先生はビデオにしばしば登場していたが、カメラマンとして撮影した私の姿は全く映っていなかった。今思えば、編集した時に自分の顔を入れてもよかったかなと思う。
「ブラジルサッカー研修」をお配りした相手に、後に埼玉高体連技術委員長の方がいた。その先生は「ずっと経験で教えていた。やっぱり勉強が大事だね」と話された。それから、さまざまな指導者の方々との出会いがあったが、その中に、3種の指導者の皆さんとの出会いもあった。
当時、3種の先生方がもの凄くサッカーの勉強をされていて、いつからか忘れたが、木崎中の図書室に定期的に集まり勉強会が開かれた。その会に、普段はドイツで日本サッカー協会の仕事をされている方が参加されたことがあった。彼は、ドイツには、サッカー選手に対して「水を運ぶ人と水を飲む人」という表現をすると教えてくれた。当時、東京学芸大の学生だった堀之内聖の話を彼にしたところ、その子は「水を運ぶ人ですね。チームには、目立たないが水を運ぶ人が必ず必要」と話された。その後、プロサッカー選手になった堀之内は、まさに「水を運ぶ人」として活躍した。「水を運ぶ」ことを厭わない彼は、どんな仕事をしても、地味だが必ず結果を残す男だと、30年近い付き合いのある私は確信している。