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蕗ノート 心の拠り所

「あなたがこの年まで生きているのが半分くらい信じられなかった」
 


このままじゃ世界に押し出されて
息をする場所もなくなってしまうかも

と確かに感じてはいたけれど

そこまで危うい状態だったというのを意外と本人は気がつかないものだということに気がついた。

10年かけて私が得たものは
「とりあえず自分の拠り所を他の誰かに求めたり託したりしない」
ということだ。

家族円満な家はいいな
とずっと思っていた。

脱出しなければこちらがやられてしまうような状態が続いていた。
 
 
家を出て、転々としながら8年。
誰も教えてくれなかったけど確かにある問題
「家族から逃げた後、どう家族と向き合えばいいのか」
 

家族から逃げなさい
と大人は言ったし、本にもそう書いてあった。
 
 
逃げて、距離をとって、その間、親が失踪したり、難病になったり、それなりの距離を保ちつつ

私は私自身の成熟を待った。
 
 
ダメな自分
情けない自分
思い上がりの自分
そういうのを誰かに投げつけて、慰めて貰って、誰かがいるからまた立ち上がれる

という状態から
「一人になろう」と決めて

本当に一人でいた。
多少誘惑がありつつも、流されないで1年が経った時、それは自分で抱えて、自然の中で消化していくものに変わっていた。

そんな時、足を掴まれた。
やっと、一人でたち始めたまだ不安定な人間の足を捕まえたらまたふらついてしまう。

ふらついて、立ち上がって、またふらつく 
こんなに早いタイミングで「親の転機」がやって来て私は自分がかつて逃げた存在の親と向き合わざるを得なくなった。
 
 
今、何をすべきなのか
本当はどうしたいのか
どうして体が動かないのか

日に日に分からなくなっていく中で
食い入るように見た沢山の映画

シン・ゴジラ
精霊の山 ハヤマ
ラサへの歩き方
雪稜に熊を狩る
春よこい
越後奥三面 一部・二部
二人の桃源郷
風の波紋

その合間に、西川町大井沢でみんな展。
西川町岩根沢地区、神楽奉納。

「心は山に」
そんな言葉が何度も心の中を通りながら

私は山を離れていっそう山を望んでる自分自身に気づかされた。

心のために「文化」や「祈り」があるように最近は思う。
どうにもならない心を誰かで紛らわしたり、埋めたりするのをやめた私に残された拠り所は、同じこの世を生きる、または生きた人の表現への共感であり、「この人もまた」という心強さと、生きるものすべてに生かされていることへの祈り。不条理でも、上手くいかなくても、祈ること、心を落ち着かせることでなんとかまた明日を迎えられるそういうものなのかもしれない。
 
 
私は夜中に、泣き言を電話で誰かにぶつける代わりに、般若心経を唱えるようになった。
拠り所は自分の心の中、言葉の中にこそある。そんなとりとめもないことを最近は考えている。

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