家でできる趣味がほしい(相馬 光)
家にばかりいる。
この状況でなくても普段から家にばかりいる暮らしをしている。
しかし今まで以上に家にいなければならない状況だ。
なるべくお金をかけず、家にあるもので新たな趣味を見つけたい。
趣味だと思っている映画鑑賞や読書は普段からしている。
それに職業柄どこか仕事としての意識も芽生えてしまう。
仕事から離れた、これぞ趣味!というものが欲しいのだ。
「そうだ、ゲームなんて良いんじゃないか」と思い、押し入れから我が家にある唯一のゲーム機であるPSPを出した。
しかし充電用のケーブルを挿してもなんの反応もない。
おかしいなと思って裏返してみたら、
なんか開いてる。そしてフタを外してみたら、
バッテリーがもっこりしている。
いまかいまかと待ちきれんばかりにもっこりしている。
"ゲームは終わりだ"
バトル漫画で、猛烈な攻撃を受け続けた敵が屈するかと思いきやニヤリと笑って言うセリフみたいな言葉が浮かんだ。
次に家にあるものを探してみたら、ウクレレとペン字練習の本があった。
住んでるアパートは楽器禁止だが、ウクレレをなるべくしっとり弾くくらいなら許してくれるだろう。
チューニング用のアプリをiPhoneに入れ、コードが載ってるサイトを見ながら弾いてみた。
うおお、楽しい。音が出るってだけで楽しい。
楽しいいいいいい!!!!
これが……趣味?
初めて人の優しさを知った孤独な鬼みたいな気持ちになった。
ああ、趣味だ。すごく趣味をしている実感が湧いてきた。
次にペン字練習をやる。
以前勤めていたレンタルスタジオの同僚が「相馬の字があまりにも汚いから」という理由でプレゼントしてくれた本だ。
パンチの効いたエールをしかと受け止める。
2ページだけやってそのままになっていた。
すごくちょうど良いじゃないか。
これを機にきれいな字を手に入れよう。
飽きた訳じゃない、"寝かせていたんだ"と何度も呟きながら書いた「時節柄どうぞご自愛ください」。
"この文言をいつか書く日が来るのだろうか"と思いながら書いた「伝票番号五三四七八」。
ああ趣味だ。これもまた趣味だ。
母さん。今、僕は趣味のペン字をしています。
趣味1日目は大満足で終わった。
〜翌日〜
なぜか利き手である右手の親指が腫れた。
(ざまざましいので写真は割愛する)
朝起きたらすごく痛くなっていたのだ。
何かにぶつけたのかもしれないがよく覚えてはいない。
趣味が決まった翌日にこの様だ。
なんか熱もっているので、ひとまず冷水に当ててみたらめちゃくちゃ気持ち良くて、サウナと水風呂を繰り返した時みたいに「あぁ……」と声を漏らした。
保冷剤を当てたり、湿布を貼ったりしているうちに痛みは少しずつだけど引いてきた。
親指が使えないと色々と弊害が生まれる。
1、ペットボトルが開けられない
2、ただでさえ汚い字がさらに汚くなる
3、湿布を貼ってるので手袋がし辛い
4、手洗いに時間がかかる
わざわざ箇条書きにするほどの事ではないのは重々承知だ。
利き手の親指が動かせなくなるだけでこんなに不便になるとは思わなかった。
任侠の方々は、"けじめ"として小指を差し出す。
親指の使用頻度に比べて小指は絶妙に使わない指だ。よくよく考えたら小指に助けられた試しがない。確かに"けじめ"として身体の一部を差し出すにはちょうどいいし、理にかなってる(いや、かなってないかなってない)。
まさか趣味が1日で終わると思わなかった。
これからどうしようと、途方に暮れた。
〜2日後〜
保冷剤で冷やし倒したおかげか、腫れも引いた。
指もほとんど痛くない。
だけどなんか利き手をたくさん使うものをやりたい気分ではない。
もっと段階的に、一段一段ゆっくり登ってペン字とウクレレに戻りたい。
果たして私は趣味を見つけられるのだろうか……?
もし「こんなの良いんじゃない?」というのがあれば教えていただけますと幸いです。
家にあればやってみます。そして来週その模様を書きます。
何も来なければ強引に何かを見つけてその模様を書きます。
相馬 光(そうま ひかる)
文芸をやっている。特に脚本を書く。
脚本『新米姉妹のふたりごはん(4月16日から再放送始まります!)』
脚本協力『グッド・ドクター(4月9日から再放送始まっています!)』、『ストロベリーナイト・サーガ』など
第29回フジテレビヤングシナリオ大賞佳作『サヨナラニッポン!』
第28回フジテレビヤングシナリオ大賞最終選考『余命60秒』
インターネットウミウシ名義で『書き出し小説大賞』と『文芸ヌー』にも書いている。