連載脚本「余命60秒」第1回 (相馬 光)
赤松新さんの記事に触発されて、私もさまよえる脚本の供養をします。
『死那離怨寺』に供養をお願いしようかと思ったのですが、いかんせん長いので3回に分けて掲載いや、供養しようと思います。
4年前の脚本ですので、拙い部分もあるかと存じますが、束の間の息抜きに、楽しんでいただけますと幸いです。
あらすじ
「あなたの余命はあと60秒。最期にやりたい事は何ですか?」と聞き、その反応を笑う動画を投稿していた男がある日、自身の余命が幾許もない事を知る。しかし、それをネタに動画を作ればさらに儲けられるのではと思い、今まで散々馬鹿にしてきた人々の願いを叶える為に奔走するうちに本気で死と向き合い始める話、です。
『余命60秒』 第1回
○駅前(昼)
手持ちカメラの映像。
永見玲次(36)が奥月香(27)にマイクを向
ける。
玲次「あなたの余命はあと六十秒です! 最期に言いたい事、やりたい事は何ですか!」
香「(かわい子ぶって)えーっ、何だろう! カオリンはぁ、桃色の惑星から来たかおりんちゅなのでぇ、ファンの皆とぉ、お部屋を四葉のクローバーでいっぱいに……」
○ドン・キホーテ・前
マイクを向けられる成川龍世(21)。
明らかにヤンキーと分かる服装。
成川「何だテメェ、かますぞ」
玲次「はいもう十秒過ぎてます! どんどん寿命、減ってます! (歌って)どんどんどん! ドンキー!」
成川「(すごい剣幕で)うっせえ! 今考えてんだよ! ぶちかますぞ!」
○商店街
マイクを向けられる塩田侘助(79)。
塩田「うーん……」
玲次「あの、もう四十秒過ぎましたよ」
塩田「そうかぁ」
○駅前
カメラに向かってポーズを決める香。
香「私、アイドルやってるんですけどぉ、みんなにライブを見てもらいたいなぁって……」
○ドン・キホーテ・前
成川、カメラを睨んでいる。
成川「まず紗羅、マジ感謝。あと、ごめんな。アロマテラピーの資格、取れねえわ」
玲次「えっ、アロマの資格? 何か可愛いっスねえ!」
成川「何だよ! 文句あんのか! お前絶対ぶちかますぞ!」
胸ぐらを掴まれる玲次。
○商店街
玲次「あと十秒! 終わっちゃいますよ!」
塩田「……揉みたいなぁ」
玲次「え?」
塩田「乳、揉みたい」
○アパート・玲次の部屋・寝室(深夜)
パソコンに映る先ほどの映像。
真っ暗な部屋。
缶ビールや駄菓子が散らばっている。
机に足を乗せて見ている玲次。
玲次「馬鹿だなァ、こいつ」
笑いながらしゃっくりをする。
○タイトル「余命60秒」
○web広告制作会社・内(昼)
野辺雄輔(25)がデスクでカメラの手入れをしている。
隣のデスクでスマホを見ている玲次。
玲次のデスク、書類が山の様に積まれている。
野辺「永見さぁん。腰痛酷くなっちゃったんですよぉ。もうちょい軽いの買っても……」
玲次「3万」
野辺「そんなんじゃ足りないですよぉ」
玲次「違う、再生数」
スマホを見せる玲次。
動画サイトの再生数が3万を表示している。
野辺「あれそんなにいってるんすか! アップしたの3時間前ですよね?」
玲次「スポンサーから持ち込まれた時は絶対ダメだと思ってたんだけどなぁ」
野辺「何が当たるかわかんないっすねえ」
玲次「しょうもない奴のしょうもない姿を見て、しょうもない誰かが笑ってんだよ」
野辺「それをネタに仕事してる俺らもしょうもない奴らの一人ですね」
玲次「頼まれた事を忠実にこなす。立派な仕事だよ」
野辺「自分には甘いんだから。あ、そうだ。これ、こないだの健康診断。雪崩で俺んとこ来てましたよ」
玲次「見なくても分かる」
野辺「ちゃんと見て下さいよ。不衛生と不健康の積み重ねでチョモランマに……」
書類の山に健康診断の封筒を乗せる。
玲次「あっ、それやるとまた」
書類の山が野辺の机に崩れ落ちる。
野辺の机の缶コーヒーが倒れ、健康診断の封筒と野辺のズボンが濡れる。
野辺「これ買ったばっかなのに!」
玲次「(笑って)捨てといて、それ」
席を立つ玲次。
○同・喫煙所
煙草を吸いながら電話で話す玲次。
玲次「はい、ヤラセでも何でもやりますよ。なので、オイシイ話あったらお願い……」
煙草の火を消そうとするが手元が狂う。
突然、バランスを失い倒れる玲次。
玲次「(倒れながらも)いや、何でもないっす。ええ、来週……はい……」
次第に意識が遠のいていく。
○病院・病室(夕)
ベッドで寝ている玲次。
野辺が座っている。
玲次「野辺ちゃん、(点滴持って)これスーパードライに変えといて」
野辺「何が原因で倒れたか分かってます?」
玲次「こないだゾンビに噛まれた時の」
野辺「(遮って)不衛生と不健康」
玲次「お前、医者かよ」
野辺「カメラマンです。身体に良いもの食べて、少し休んで下さい。撮り終えてる素材は俺が編集してアップしますんで」
玲次「お前が休めねえじゃん」
野辺「娘生まれる時にガバッと取りますんで」
玲次「いつだっけ?」
野辺「6月っす」
玲次「……そっか、あと3ヶ月か」
○同・診察室(日替わり)
医師と玲次が向かい合って座っている。
呆気にとられた顔をした玲次。
医師「はい、あと3ヶ月です」
玲次「……先生、面白くないっス」
医師、玲次を静かに見つめている。
玲次「いや、だって……(笑って)マジで? えーっ、こんな感じなの? おかしくね? だってこういうのって……」
二の句が継げなくなる。
○同・屋上(夕)
虚ろな目で街を見つめる玲次。
タバコを取り出し、火をつける。
皮肉なほどに綺麗な夕焼け。
○同・病室(日替わり)
荷物が無く、整頓されている玲次のベッド。
○タクシー・車内
走行中の車内。
通話している玲次。
玲次「え? だからもう良くなったの。だって野辺ちゃんくらいしか来ないからつまんなくてさぁ」
運転手・神谷真志(52)、ミラー越しにチラッと見る。
玲次「新しいの撮ろうぜ。ほらこないだの年増のアイドル。アレもうちょいいじって……あれ、電池切れそうだわ。また後でかけるから。それじゃ(電話を切る)」
スマホをしまう玲次。
神谷「お客さん、失礼ですけど……ネットで余命のやつ、インタビューしてる人ですよね?」
玲次「あっ……はい」
神谷「うわぁ、嬉しいなぁ! あれ大好きなの! ほら、タイトル通り、1本60秒でしょ。だから休憩の時とか見ちゃうんだよね」
玲次「ありがとうございます」
神谷「こないだの『乳揉みたい』の爺さん、あれ笑ったなぁ」
玲次「あぁ……あの人」
神谷「あれに出てくる人、みんなしょーもないよねぇ」
玲次「(愛想笑いで)ええ」
神谷「何かムシャクシャしてる時とかね、あー、俺よりバカな奴いるんだなぁって思ってスッキリすんの! 特にこの間の……」
神谷の声、次第に遠のいていく。
窓の外を見つめる玲次。
○風俗店・前(夜)
うなだれて出てくる玲次。
風俗嬢・ナオミ(27)、玲次の肩を叩く。
ナオミ「そういう時あるよ。次、頑張ろう」
店に戻っていくナオミ。
永見「次、か」
ナオミの背中を見つめる。
○焼き鳥屋・店内
年季の入ったボロボロの焼き鳥屋。
一人で泥酔している玲次。
座敷席で騒ぐ大学生たちを睨む。
その中に大学生の頃の玲次(19)がいる。
玲次(大学生)「クロサワの『生きる』も見てねえくせに映画を語るんじゃねえよ!」
立ち上がり、大学生の頃の自分を見る。
玲次(大学生)「見た人が、ロクでもねえ世の中だけどそれでもしょうがねえ生きてやるって思えるような、そんな映画を撮りてぇの!」
周りの大学生しらけている。
玲次(大学生)「(現在の玲次を見て)だから俺と作ろうぜ! なぁ!」
玲次、答えられない。
店主の声「お客さん……お客さん!」
振り返る玲次。
店主が訝しげに見ている。
店主「トイレ、そっちじゃないよ」
再び座敷席を見るが大学生の玲次はいない。
○繁華街
酔っ払いだらけの繁華街を歩く玲次。
名画座から高校生の頃の玲次(15)が『良い映画を見た!』という興奮を胸に小走りで出てくる。
持っていたノートを落とす高校生の玲次。
拾う現在の玲次。
『映画研究ノート⑩』と書かれている。
玲次(高校生)「あ、ありがとうございます」
ノートを抱えて駅に走って行く。
その背中を見送る現在の玲次。
○公園(深夜)
公衆便所で吐いている玲次。
ふらふらになって出てくる。
ブランコに腰掛けている小学生の頃の玲次
(9)。
顔は痣だらけで、ビリビリに破かれた『映画研究ノート③』を持っている。
一目見て水商売をやっていると分かるメイクと服装の永見京子(28)が来る。
京子「玲次……(顔を触ろうとする)」
何でもない、と首を振る小学生の玲次。
明らかにカタギじゃなさそうな男・永見玲一
(30)が泥酔している。
玲一「(乱暴に)おい京子! ガキのしつけ足りてねえんじゃねえのか! 俺の金に手ェつけやがって!」
京子に連れられて玲一の方へ歩く小学生の玲
次。
虚ろな目でその姿を追いながら口に付いたゲロ
を拭う現在の玲次。
○アパート・玲次の部屋・寝室
タイトル前のシーン。
パソコンに映る玲次と侘助の映像。
真っ暗な部屋。
缶ビールや駄菓子が散らばっている。
机に足を乗せて見ている玲次。
玲次「馬鹿だなァ、こいつ」
画面に映る玲次のふざけた顔のアップ。
映像を見て、笑いながらしゃっくりをするが、
次第に嗚咽に変わっていく。
玲次「本当、バカだ……」
映像の玲次「(カメラに向かって)あなたの言いたい事、やりたい事は何ですか!」
○同・同・居間(朝)
荒れた部屋。
床で寝ている玲次。
無精髭が伸びている。
インターホンが何度も鳴る。
起き上がりふらふらと向かう。
○同・玄関
ドアを開けると野辺が立っている。
野辺「うわ……酒臭っ! 1週間も何してたんすか!」
玲次「そんな経ってたの?」
野辺「(呆れて)いつ撮るんですか」
玲次「……何を?」
野辺「自分で言ってたじゃないですか! 新作!」
(続く)
次回、玲次と野辺が新たな動画を撮り始めるが……?
書いてた時によく聞いてた曲です。
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相馬 光(そうま ひかる)
文芸をやっている。特に脚本を書く。
脚本『新米姉妹のふたりごはん』
脚本協力『グッド・ドクター』、『ストロベリーナイト・サーガ』など
第29回フジテレビヤングシナリオ大賞佳作『サヨナラニッポン!』
第28回フジテレビヤングシナリオ大賞最終選考『余命60秒』
インターネットウミウシ名義で『書き出し小説大賞』と『文芸ヌー』にも書いている。