白水智氏とティムインゴルド氏のお話を受けて次のアケヤマを考える
2024年芸術祭会期末に二人の識者、世界的な人類学者のティム・インゴルドさんを2週前に、秋山郷に30年近く通い続ける日本史研究者の白水智さんを先日お呼びしてこれまでとこれからの秋山郷やアケヤマの活動を共に考える機会を得た。
白水先生は、島田家文書や市河文書の最先端の読解と、自らの足で秋山の驚異的な山の身体性と技を備えた人たちと共に山を歩いた経験から唯一無二の語りから技術継承の重要性を説いてくれた。今回個人的には「あけ山」が秋山では普通名詞ではなくほぼ固有名詞として少なくても鎌倉前期から使われていたのではないかという話、苗場山は稲作圏の新潟側からの名で長野側からは「幕山」と呼ばれていたという話、謎の「はふ山」の話など興味が尽きなかった。
インゴルドさんは、新著でも近代化以降の特徴として世代の分断の問題を我々に投げかけ、祖先や子どもとは縄をなうような関係のあり方が重要だと訴える。現在は、Z世代や氷河期世代、団塊の世代など世代を区切って主導権を交代や対立を煽られながら分断させられているが、本来人間は縄をなうように世代間で重なりあって継承しながら生を連なり続けている。縄ないで次の草なり、藁などの素材をつなげる際、つなげる繊維は半分ほど残して拗らないと繋がらない。世代分断の考え方だと、単に古い後ろにある存在と認識されるが、縄ないだと新たにつなげられた繊維の先にはいずれ途絶える親の繊維が前に存在する。祖先というのは前に、自身の未来にある存在として現れる。
また山との応答は自己を生成する。都市部の暮らしではすでに正解が決めれた立ち振る舞いや、膨大な人間たちに囲まれた状況で空気を読むことが求められ、環境と呼応して自己が生成されるという人間にあたり前に備わった特性があまりにも制限されている。人間以外の他者、自然を征服することが文化であり、進化であるということは本来の人間形成とはかけ離れており、狩猟採集しながら山をじっくり歩くように山の様子を全身の感覚を使って読み取りながら対応し、知恵を駆使していくことで自己が日々生成される。
白水先生は秋山で培われてた技術や知恵というのは今急速に失われていると訴える。今の70代からは普通教育を受け都市部に出ることが成功であるという考えが秋山でも浸透してきたのでそれほど平地民と変わらない身体性になっていったという。今の90代のお年寄りが亡くなれば秋山で培われた1000年分の知恵と知識が失われるという。秋山においても縄をなうように継承が行われず、まさに世代の分断の問題と繋がっている。
現代は、ひたすら進歩を追い求めるのではなく、限られた資源と地球環境に向き合っていかに生の持続の形を編み出していくかが課題となっている。そうした「生の持続の形」の未来に目指すモデルがすでに秋山に培われていたのではないかと思う。秋山の先祖がつなぎ続けてまさに苧み(績み)だしたもので、私たちの未来の形は過去にごっそり眠っている。(紡ぐと績むは大きく違っていて綿などから一本の糸をよって取り出していくことが紡ぐ。麻や苧などの茎から繊維を取り出して撚り合わせて糸にしていくことを績むという。一本一本が独自に育っていきそれを重ねてつないでいく作業を見ると紡ぐというよりも績むに近いように思う)
そのような秋山の「生の持続の形」をつなぎ、世界の未来の形へと苧んでいくための活動をいくつかの対象や段階を想定して計画する。現状子どもがほとんど存在しない秋山郷では、研究者やアーティスト、活動に参加する人、移住者などへの継承を考えないといけない。それは新たな養子制度のようなものかもしれない。自ら積極的にかはたまた偶然か山の祖先と出会い継承する。もちろんネイティブのような完全な形の相続は難しいのかもしれないが、個人単位で捉えていくと、当人がどのように山とつながり生成変化していくかが重要である。それは観光とは違って、積極的に場所と結びつき自身を変化させていくような場や入り口を作っていくことから始めてみる。
お二方のお話を伺って改めてアケヤマの方向性が定まってきたように思う。