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国産初の薄力粉!小麦品種「北見95号」レビュー

2023年7月、札幌・光塩学園調理製菓専門学校で行われた「ケイク・デ・ボア」森伸司パティシエによる新品種小麦の小麦粉試用の記録をブログから転載します。


菓子用粉品種「北見95号」、実装開始。

国産初の薄力小麦品種「北見95号」の小麦粉が、いよいよ2022年度にデビューしました。北海道の製粉3社とホクレン、JAなどでつくる北海道産麦コンソーシアムが供給とPRを担い、札幌のパティスリーでも使われ始めたところ。試用段階での噂は幾度か聞いていたものの、まだ実際に手にしたことがありません。

そんな2023年初夏、日頃取材や勉強でお世話になっているケイク・デ・ボア の森伸司パティシエが焼き比べ講座をすると聞いて、取材をお願いしました。

テーマは北海道産薄力粉「北海道白」。お題はサブレとフィユタージュ。外麦との比較ができるなんて楽しみでしかない!…と思ったのですが、こちらはプロ向け講習会ではなく専門学校の授業。森さんが光塩学園調理製菓専門学校にお願いして下さって、私も見学させて頂けることに。光塩学園には札幌洋菓子協会の講習会などで毎年伺っていたのですが、暫くぶりの訪問でした。

さっそく授業見学。

北海道白。今回はサンプルのため原料は北見95号100%。

「今日は道産と外国産の小麦の違いを感じながら実習をしましょう」と講師の森さんの授業がスタート。製菓コースの先生方に伺うと、今の2年生は、北見95号が小麦粉として業界デビューするにあたって既に授業を受け、ネーミングにも関わったのだそうです。

学校で使用する粉は実売前のサンプルで、北見95号100%でした。今回のフィユタージュ用の配合は、これに江別製粉の「香麦(こうむぎ)」を配合しています。


(以下、グレーバックの引用部分は森先生のお話の抜粋、地の文は筆者)

外麦といって日本でお菓子やパンに使う小麦粉の多くはアメリカとカナダ産。産地により気候条件も品種も違いますが、小麦は今ニュースで報じられているウクライナが「穀倉地帯」と言われているように、本来は乾燥した土地で取れるものです。日本のような多湿な土地で小麦が取れるのは珍しいことで、北海道は日本の主産地です。

(予め用意されたデトランプに無塩バターを包みながら授業開始)

穀物の中で唯一、小麦粉だけに現れる「グルテン」というタンパク質があります。グルテンは小麦に元から含まれるものではなく、小麦粉に水を加えてこねると現れるものです。

弾力が強くてつながる性質の強いグルテニンと、弾力が弱くて伸びやすいグリアジン。生地を作る時、この2つのタンパク質が網目状に絡み合って、グルテンの粘りと弾力が生まれます。


北見95号の生地に初めて触った!

北見95号の粉に夢中でつい忘れそうになっていたのですが、これは講習でなく通常授業。基礎的な技術ポイントもしっかり解説されます。森さんはフィユタージュの基本、デトランプやフィユタージュのコツを丁寧に教えながら、その中でバターの成分と脂肪酸の種類、融ける(伸びる)温度帯と酸化しやすい理由などといった素材の特性を挙げて「なぜこうするのか」を説明なさっていました。楽しい。。。

今日使うのは北見95号という新しい小麦品種です。今まではきたほなみという品種が主流でしたが知っていますか。コンビニにも「道産小麦使用」と書かれたパンが売られていますね。外麦のパンとどう違うか、何かイメージがありますか。道産小麦はどちらかというとグリアジンの糊状の柔らかなグルテンが多く、加えて道産小麦のでんぷんの質とも相まって、焼くとモチモチすると言われます。しかし、この北見95号は今までの小麦と全く違う性質があるようですので、一緒に学んでいきましょう。

学生さんがデトランプ(練り粉でバターを包む)をしている間に、前日つくったデトランプ生地を触らせて貰いました。生地の色はどちらも同じ明るい白で、見分けがつきません。そして触れると……わずかに感じる、今まで知らない触感。生地はしっかりまとまっているのに、微かに求肥のようなぽっちゃりした水の感覚があるというか……不思議な感覚?

何か違う感覚がありますね。水を吸うけれど再び浮く?ような、何か独特の水に対する性質があるのかもしれません。学生のみんなも、まずデトランプの状態で外麦と比べてみてください。

バターを包むためにデトランプに十字の切り目を入れて手で広げると、小さくブチブチと切れながらも柔らかく広がります。2種のグルテンがランダムに点在しているような、ちょっと不思議な状態です。

(生地を冷やした後、森先生のフィユタージュ=折り込みの説明)

以前は3つ折でしたが、今回は4-3、3-4と四つ折を入れます。生地をより薄くのすことで圧がより多くかかる=グルテンが強くなり、浮きが良くなります。生地をのばすと縮んでいきます。この縮む弾力があることがパイにとって大切で、これがフィユタージュを浮かせてくれます。

色は全く同じで、間違えないように注意が飛ぶほどです。


フィユタージュは冷やしておき、次はサブレ生地に移ります。(私が所用で中座した後で)クレームダマンドを円盤状に絞って冷やし固め、ガレット・デ・ロワを作りました。


サブレと練り粉で、北見95号と外麦の違いを確認。


ここからはサブレの生地。今回はバターを硬いスパテラで適度に柔らかくする方法です。掻き立てないようにサクサク感を出すこと、グルテンはぶつけたり捏ねたりすることで生まれるので、クッキーではグルテンを出さない混ぜ方を意識すること、シュクレと似た配合だが、合わせ方(サブラージュ)によってバターの粒が層になった状態を保つこと、塩を入れるタイミングで変わる味わい、その他詳しい解説がありました。

ここでちょっと戻って、今朝折ったフィユタージュのデトランプ(バターを包む小麦粉生地)を自分たちでつくれるよう、後追いで実演と解説が行われます。

デトランプは冷やして捏ねずにまとめて一晩寝かし、折り込みのために圧を加えた時、グルテンを一気に形成するように配合が工夫されています。これがパイの層のもとになります。

森さんは卓上ミキサーにフックをつけて低速で回しながら、欧州の灰分の高い粉、日本の(北米産小麦の)外麦、今回の道産麦、それぞれの特徴について改めて説明を行っていました。

できたての道産粉のデトランプはまだ硬い、触ってみてください。水分が粒子の中に水が入りにくいのです。外麦(北米産小麦のこと)はできたてでも柔らかい。粒子の中に水が入りやすい。欧州の粉は灰分が多いので、やはり硬く出来上がります。自分で配合が書けるようになった時、どの粉を使うか選んで使い分けるとよいでしょう。

みんな、わかったかな。売場で製品を見る時などに思い出してくれると実感がわくと思います。

(ここで私は中座し、授業終わり頃に再び戻りました。)


焼くと印象が変わる!軽い、浮いてる、色もある。

焼成後のデモのガレットデロワとサブレを見ると、浮きは十分で、左の外麦より右の内麦のほうがわずかに浮きが高く、中まで色が入っていました。

「サイドが色づくまでもっと焼きたかったですね」と森さん。

表面の焼き色も私には見分けがつきません(どちらもやや赤い褐色)。

このあと試食も頂きましたが、ハラハラと歯に当たって崩れる感じが心地よく、好印象です!

私が長年食べてきたパイの配合は大きく2パターン。今回は他の道産小麦のフィユタージュはないので、そこだけは記憶との比較になります。

A.外麦(スーパーバイオレットとカメリア=今回の対照用と近いもの)

B.道産を配合したパターン(ホクシンのみ、ホクシン+外麦、きたほなみ+春小麦、きたほなみ+ゆめちからなど)。

今回の道産フィユタージュは、

A.よりもパリパリ口に当たる感じはやや優しい。

B.よりも軽いのに輪郭がはっきりして食べ応えがある

付け足すと、今回の外麦のほうはやや口に残る感じも覚えがあります。

森さんは「膜が張ったようなパイになる」という表現をなさっていました。


サブレ試食

・スーパーバイオレット100%

やや明るめの色調、食感はサクッと安定の仕上がりです。

・北見95号(北海道白)100%
やや暗めの色調、食感は北見95号のほうは口の中で唾液を吸ってダマになるような感覚はなく、サクサクというよりザクザクとほぐれていきました。食べ終わってみると、北見95号は砂糖が効くと言うか甘さがストレートで、バターが溶ける時のおいしい風味も感じます(色さえ濃げすぎなければもっと焼いたのも食べてみたい)。つまり、素材を素直にそのまま受け止めて増幅する粉なのかもしれません。

森さんのお話も聞きながら大急ぎだったのですが、メモが取れなかったため後日コメントを頂きました。

・道産(北見95号)

歯ごたえはやや硬く、食感は口の中で溶けて行く感じですね。味は外麦より甘く感じます。焼き色がつきやすいので、外麦と同じ時間焼くと褐色が濃くなります。・外麦(スーパーバイオレット)歯応えはもろくてサクサク、食感は口の中でほどけるが、溶けずにやや残るような感じ。サブレとしての味わいはあっさりめです。

なるほど、森さんのコメントを読み返してみると、私はフィユタージュの印象が強かったため、サブレに対してやや集中力が欠けていたかも、と感じました。外麦との口どけの比較は、日頃から道産小麦を使っている森さんならではの捉え方です。以前、道産小麦の使い手(パティシエとブーランジェ)の方々と勉強会をした時に驚いたのですが、道産小麦ユーザーたちは外麦に対しても微細に捉えている方が多く、皆さんの感覚がとても新鮮でした。常に比べることが深い理解につながるのだとすると「分ける」=「わかる」、の実例のようで興味深いですし、北海道の使い手の強みを見た気がします。

左=北海道白(北見95号)100%、右=スーパーバイオレット100%。実際の色はもっと明るいのですが画質を落とす際にどうしても暗めになる。誰か教えて。



私のインプレ

今回の内麦と外麦の焼き比べで、北見95号100%の粉(北海道白・サンプル)に、個人的に以下のような印象を持っています。

色=外麦と同じ明るい粉色、焼くと黄色みより赤みを感じる褐色

性能=軽く浮く性質、まとまりはあるが素直な伸びも感じるグルテン

味と食感=よく焼けた部分の香ばしさ、バターなど副材料のおいしさを増幅させる性質が強い、口の中でさらりとほぐれる(ダマになりにくい)食感

深く焼き込んた時の香りと色も気になるところです。ビスキュイ・キュイエールの軽さや食感なども合わせて、また次の機会に学びたいと思います。

実は私は以前、薄力粉に懐疑的でした。
薄力粉向けの品種開発について、優れた外麦粉があるのに本当にニーズがあるのだろうか。また、新品種開発にかかる年月と大きな労力、人的コストを他の品種に注いだほうが北海道の小麦生産や日本の製菓業界に与える効果が大きいのではないか。

しかし今回、この「北海道白」が魅力的でおいしい粉であることがわかって、考えが変わり始めました。実際にこのハイレベルな道産薄力粉を目の前にすると、これでビスキュイやジェノワーズを焼いたら、分厚いガレット(クッキー)やポルボローネを焼いたらと、ワクワクしてきます。



やっぱり講習会は楽しい!

講習会では技術を伝えるために、目に見えない生地の中で何が起きているのかが解説されます。そのデリケートな表現が講師それぞれに違い、聞くほどに同じものをどう捉えているかが表れてきます。ベーシックな技術を踏まえ、その先のさらにデリケートなところに、ケーキそのもののおいしさをどう捉えていらっしゃるのか、その人らしい魅力が宿るのです。プロの個性をそっと覗かせてもらっている、特別な気持ちです。やっぱり講習会は楽しい。それにしてもこの立ちっぱなしを毎日休まず続ける職人さんってすごい……。

最後に、今回快く受け入れて下さった光塩学園調理製菓専門学校(札幌)と、ご尽力下さった講師の森さんに改めて感謝いたします。

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