2020/8/12
赤子を背負ったり抱いたりしていたら腰がおかしくなってきたので、雷の鳴る中をとなり町の整体へ。ベッドの横に置かれたビーズクッションに寝かせたら10分もしないうちに泣いておもちゃを投げはじめ、結局は仰向けになった自分の胸にのせて施術を受けた。
その後たまに立ち寄る小さなカフェでアイスカフェオレを持ち帰りにし、飲みながらもうひとりの子が待つ保育園へ。最近はスーパーやコンビニで紙パック入りのアイスコーヒーやデカフェを買って家でがぶがぶ飲んでいたので、久しぶりに飲んだお店で淹れたばかりのコーヒーが脳天直撃なおいしさだった。
歩いていると膝も足首も肩もバキバキ、なのにむくんでぽっちゃり、前髪の一部は産後ハゲでぱっくり割れてもさもさ、そんな自分の姿が建物のガラス扉なんかにうつし出されるのを見て、「ふむふむ、そうだろうね」と思う。その気持ちがとても穏やかなことが小さな発見だった。
「乳首にしばらくあった白斑、今朝の痛かった授乳でやっと消えてきた、でも今度は口内炎だから、ようは炎症かな」「あ、LINEの返信忘れてた」「ベビーフード買って、そろそろ靴も買い替えなければ」などの忙しない思考の片隅で、「ああ私ときたら今より少し前は見た目で区別されることや、ホニャララなのにケシカランみたいな見られ方を実はものすごく気にして生きていて、他人の視線の中でちゃんと振る舞って身綺麗にするのが処世術だと力んでいたけど、それはもう終わっていいな、おつかれさんだったねえええ」といきなり込み入ったことを思うのだった。
ぼんやりした日々なりに、考え方の根っこの方が変わってきたのだと思う。
帰りはベビーカーを押しおんぶしつつジリジリと進んだ。いつになくフィジカルだ。しかし夢の中で走りたくても足がもつれて走れないときのような感覚もあって、自分が思う万全な自分ではない。でも、新しい。