俯瞰学の技法:記事からの俯瞰

記事からの俯瞰 1
 これまで色々な俯瞰学の技法を紹介してきたが、俯瞰学とは、目の前に雑然と存在する情報の中から意味ある情報の関連性を抽出し、状況の正しい認識やそれに伴う行動をつなげるものである。目の前に雑然と存在する情報の一つが、新聞記事や雑誌の記事であるが、特定の視点があれば重要な情報を抽出できる。
 コンサルティングファームに在籍していた時、ある大企業にプロジェクトを提案することになった。コンサルティングが始まれば社内の情報や人のヒアリングができるが、契約前は外部情報から企業の課題と経営戦略を推定することになる。このケースでは経営トップがどのような方向性を持っているのかを基に、提案の論理構成を作ることにした。まず一年間ほどの新聞や雑誌の記事の中で社長が発信している情報を抽出した。具体的には記事を集め、キーワードの出現頻度を分析した。そして出現頻度の高いキーワードを集めてみると社長が言いたい事やりたい事が判った。記事の検索とキーワードの抽出、出現頻度は外部サービスで提供されている。記事を集めればローカルでも簡単にできる。その後はキーワードの関係性を独自に編集することである。ここではクラスタリングの手法が使える。基本的なAIの技法であるのでライブラリーは公開されている。

記事からの俯瞰 2
 類似の手法であるが、本人の協力が得られる場合には詳細で正確な構造化された情報を得ることができる。ある本を出版することになった。 十名弱の共著であったが、その代表者の主張を序章として作成することになった。新聞や雑誌に本人がたくさん記事を書いており、著書も複数あった。
そこで、本人に蛍光マーカーで、認識、価値観、主張として重要だと思う文章をマークしてもらった。次にその文章を小さな紙に一つの文を記入した。ジグソーパズルの破片のようにたくさんの紙片をテーブルの上に並べ、関係性が近いものを集めていった。昔流行った文化人類学者、川喜田二郎氏が考案した「KJ法」である。
 次にそれぞれのグループについて関係性と論理性から、紙片をホッチキスでつなげていった。そして、ホッチキスで繋げ合わされたグループを再度関係性と論理性から連結していった。これは「KJ法」と同じ頃流行った、梅棹忠夫氏の古典的名著「知的生産の技術」で提唱された「こざね法」である。手を使うこの技法は指を動かしている時間が、同時並行処理として脳の分析・編集機能をしてくれる。
 このケースでは段落のつなぎの文章を加えるだけで著者の主張を踏まえた論理的な序章が出来上がった。そのテーマに関して、構造化された認識に基づいて、著者が発言していたことが大きいが、時間と場所が違う発信情報を俯瞰的に整理できたと思う。むろん本人芋読んでもらった。多分新たに書き下ろしと文章よりも密度が濃く構造化されていたと思う。
 今回は手書きではなく、きちんとした印刷した文章を小片に切り分けて使った。統一感があって集中できた。梅棹忠夫先生と川喜田二郎先生は京都大学の文化人類学の泰斗である。恐れ多いが俯瞰学の技法にしてしまった。

記事からの俯瞰 3
 たくさんの記事から俯瞰的な認識をする方法として、あえて一度堰き止めて、時系列的な変化や相互の関係性を分析する技法も使っている。
日々飛び込んでくるニュースを単独の記事ではその意味を理解しようとしても難しい。関心のある特定のテーマについて、記事をまとめていちどに読むと時系列的な変化や相互の関係性が見えてくる。複数の視点による記事を一つの枠組みの中で読むことができる。例えばアメリカ政治、中東情勢や専制政治、ポピュリズム、インド経済、中国外交などである。ニュースはネットでフォローして、興味惹かれた記事は読んでいるときクラウドのサービス、例えばGooglekeepやEvernoteに電子的に保管しておく。紙ベースでは俯瞰するほど大量のニュースを処理できない。
 現在は月に一回、関心があるテーマについての記事をまとめて読んでいる。そして私として俯瞰的な理解ができたと思えば、私が主宰する「俯瞰工学研究所」の俯瞰メールの記事として、配信している。俯瞰メールは俯瞰工学研究所のホームページから申し込める。配信先はこの二十数年で名刺交換をした方々で、 配信は約6,000名である。コロナで名刺交換はなくなってしまったが。
 新聞や雑誌の連載ものはまとめて読むと全体が頭に入りやすい。雑誌も読み切れないので積んだままになっているものもある。積極的に1年分をまとめて読むと、テーマによっては起承転結が見えて全体を俯瞰的に理解できる。
 雑誌や新聞の記事ではないが、 NHKのBSのドキュメンタリーは連続何回かで放送されるが、なかなか毎回続けて視聴することは難しい。録画しておいて数回の連続を一度に見ると全体が頭に入る。例えば「映像の世紀」は貴重な映像を編集したドキュメンタリーで、二十世紀の世界の歴史が俯瞰的に理解できる番組である。
オリバーストーンの「もうひとつのアメリカ史」は文字通り、一般的に認識されているアメリカとは別の、オリバーストーンのリベラルの視点から見たアメリカという国家である。
「伝説の晩餐会」はゴルバチョフとレーガン、そしてドイツ、英国、フランスの国際的な駆け引きを映像の記録を使ってドキュメンタリーのドラマのように編集されており、第二次世界大戦後の冷戦を終結させ今日の世界が作られたプロセスを、深く理解できる。
 冒頭で述べたが、俯瞰学とは目の前に雑然と存在する情報の中から意味ある情報の関連性を抽出し、状況の正しい認識やそれに伴う行動をつなげるものである。新聞や雑誌そしてテレビ、加えて現在ではネット情報は膨大で「情報に溺れ、知識に飢えている」状態になる。ここで紹介した方法はその状態から脱する方法である。

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