出る杭は打たれる女の世界、女のひがみ、妬み、嫉み、etc...。
出る杭は打たれる。日本に多くある風潮のように感じる。
男性の世界にもあるのだろうか、それは分らぬが
女を20数年やってきた身として女の世界の中には常に存在しているものだと感じている。
ある子(仮にマキコとしよう)と今日久しぶりに再会した。
とても仲のよかった子、マキコ。
鹿の子ととても考え方や悩みが似ている子。
男子と話してるだけで「男たらし」や「男癖悪い」、
「男とばっかなんでつるんでるの、男好きなの?」
という雰囲気が漂う。あれは一体なんだ。
と、小学生の頃から感じていた。
鹿の子もマキコも女子特有の群れシステムが苦手であり、
誰と関わってもいいじゃんという考えの人間であった。
なんでずっと固定の人といるのか謎すぎ。
そして、はっきりモノ申す男子の方が関わりやすく、
メス群れにも属することが苦手であったため
必然的に男子と話すことが多かった。
しかしである。
だんだんと「異性」というものが理解できてくる(小3とかからかな~)
ようになると、鹿の子たちのような人間はなんだか嫉妬されるのである。
「男子と話して」、「男好きなの?」、「ぶりっこ」etc...
「はぁ?」 なのである。鹿の子たちにとって。
いやいやこちとら話す用があって話してるだけだし話したいから話してるだけだし何なん?(な、な、なな、なーななな、なな、なーん by藤井風 ♪何なんw より」は、これは置いといて笑)
鹿の子は弱いので、そう言われることが怖くなり男子と関わることをやめていった。
だがしかしである、実に複雑なメス群れにも属せなかったため独りになった。悲しくつらかった、いつも孤独、居場所がない。
マキコは強いため、
それを貫いたが案の定様々な嫌がらせなどの苦しみと出逢ったようだ。
マキコは強い。
しかし、そんな恨み、妬み、嫉み、ひがみ でいっぱいの女が美しいのだろうか。
というか悔しかったら話したり関わったらよいのでは
と、疑問である。
恨み、妬み、嫉みを出すということは
自ずと自分の無力さを証明していることに気づかないのだろうか。
「男子と関わりたい」という想いがあり、できてないからこそ
できている人間を羨んでいる、
つまり自分の無力さを認めてるというロジック。
鹿の子は女子の視線や無言の圧が怖く男子と関わることを控えていたが、
それがとても苦しかった。話す人がいなくなった。
だがしかし、もうやめるわ。
なんでこんな人のこと妬む行動力も度胸もない人間のために心をすり減らしているのかとさっき思った。
鹿の子は純粋にまっすぐ裏表なく誠実に人と関わりたい。
ただそれだけなのである。
そんな妬みや嫉みを持つ黒いエネルギーの人間と一緒になりたくないし
もうこのさい妬まれてなんぼだ!と、思う。
妬みや嫉みで染まった女に私はなりたくない。
悔しかったら頑張れよ。
鹿の子もマキコも自分流で行くからな!
負けない!!
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