代理人

　はい。書類の申請ですね。ここで結構です。ご本人ですか。え、そんなわけはない？　いや、そう言われましても、書類は本人申請が原則でしてね。代理人？　はあ。では委任状を見せていただけますか。……あの、ご印鑑は？　ない。拇印を押してあるからと申されましてもですね。ご本人様とあなたのご関係は？　え、ややこしい。ややこしいと言われましても。主従関係。なんですかそれは。どっちが主なんですか。わからない？　わかるでしょう、それくらい！　拒否権がない。じゃ、あなたが従ですね。いや、収入の多寡は関係ありません。それに、収入と委任状も関係ありません。委任状には印鑑が必要なんです。それにサインもありませんね。え、拇印。拇印拇印てあなたねえ。本人の名前は？　まうこ。深川まうこさんですか。で、あなたとの関係は主従と。収入はないと。ええ、わけがわかりません。委任状の件はあとで処理しましょう。とりあえず、申請の内容をご説明ください。はい。概略で結構ですので。名前の変更。いまは深川ミャウ子になっているが、これを深川まうこに。ちょっと待ってくださいね。いま検索していますので。深川ミャウ子さん、住人登録されていないですね。バカってなんですかバカって。え。人じゃない。猫？　深川ミャウ子が猫？　あっ、これ拇印じゃなくて、肉球じゃないですか。あなた、猫の代理人なんですか。代理、できないでしょう。猫はなに言ってるかわからないんですから。え。わかるって。あなたねえ。なんですかこれは。「猫の気持ち」って。読めばわかるって。わかりませんよ。わかりたくないし。だいたいあなた、来るところを間違ってますよ。猫の名前を登録したいなら血統書でしょ。ノラだからダメ？　うちはもっとダメです。人専門ですから。じゃあ、あなたがまうこになる。よけい変でしょうが。岳志という名前は猫に譲るって、譲っちゃダメです。あなた人としての誇りは。まあ、そうですね。なさそうですね。でも、とにかくダメですから帰ってください。はい。はいはい。お疲れ様でした。ほんとにお疲れだよ、おれ。はい。では次の人。

（了）

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