【ショートショート】カステラの匂い
遠くからクラッシュ音が聞こえた。物見高い私たちは方向転換し、足早に現場に向かった。
トラックがお寺の壁にぶつかり大破していた。急カーブを曲がりきれなかったのだろう。
荷台の扉が壊れ、小さな木箱があたりに散乱している。
「こりゃ大変だ」
と恒夫が言った。私もうなずいた。
すでにトラックの後ろには車の長い列ができている。細い道だから、よけて通ることができないのだ。
私たちが住んでいるのは城下町。もうお城はないので雰囲気は薄いが、通り抜ける道の少なさ、曲がりくねり方、細さなどをみると、戦を想定してつくられた街だということはよくわかる。
誰もこんな道を走りたくはないだろうが、海と山に囲まれた土地だから、仕方がないのだ。西の街に行くにも、東の街に行くにも、この街を通り抜けねばならない。
「アリはまだ来ないのかな」
と恒夫があたりを見回す。
事故処理の車両が入ってくることもできないので、仕事はもっぱらアリと呼ばれるロボット集団が行う。車両を細かく分解し、背負って運び出すのだ。アリはつねに街を循環していて、事故が起きると集まってくる。
「あ、来た来た」
と私は言った。
アリに似た体長一メートルほどのロボットが数匹、急ぎ足で歩いてきた。
やがてわらわらとアリが集まり、事故トラックにとりつく。十分もすると、トラックの姿は消滅していた。
私と恒夫は荷物を背負っていないアリの背中に乗り、高校へと運んでもらう。アリは街の住民にとってタクシーのような存在でもあるのだ。もちろん無料である。
「あのトラック、なにを運んでいたんだろうね」
「開けてみよう」
恒夫が悪い顔をして小箱を取り出した。くすねてきたらしい。
蓋をとると、甘いいい香りがした。
「おまえたち、なぜカステラなんか持っているんだ」
あ、鈴木先生。
「西のお寺でトラックが事故りまして」
「勝手に荷物をちょろまかすんじゃない。これは職員室でいただこう」
すこし端をちぎると、鈴木先生はカステラをアリにあげた。
アリは黄色い切れ端をうれしそうに受け取った。
(了)
ここから先は
朗読用ショートショート
平日にショートショートを1編ずつ追加していきます。無料です。ご支援いただける場合はご購読いただけると励みになります。 朗読会や音声配信サー…
新作旧作まとめて、毎日1編ずつ「朗読用ショートショート」マガジンに追加しています。朗読に使いたい方、どうぞよろしくお願いします。