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クールな草彅剛が母性を獲得する最強映画、「ミッドナイトスワン」
公式宣伝部員に選ばれて、「ミッドナイトスワン」のオンライン試写を見せてもらいました。草彅剛ファンの私にはとても幸せな時間でした。
観終わったあと椅子に深く沈み込んでしまうような心奪われる映画です。
希望も絶望も描かれています。
私は「愛」を描いたという映画をあまり信用しませんが、ここにはホンモノの愛があると思わざるを得ません。
100秒の予告編を見ていただくとわかりますが、草彅剛演じる凪沙(なぎさ)が口紅を塗ったり、煙草を吸っているシーンがあります。
凪沙は夜の新宿で生計をたてる女です。
凪沙は女性の心を持ちながら男性の体に生まれてきてしまった、トランスジェンダーと呼ばれる人です。正直な気持ちを書きます。60歳男性の私は、頭では理解していても彼だか彼女だかわからないと混乱します。
冒頭で凪沙が登場してきても、この人を視点人物にして物語を見ていったらいいのだなとは思えません。共感しづらいのです。
脚本を書いた内田英治監督は、凪沙の抱える生きる困難を言葉で説明しません。状況を提示するだけです。台詞はすごく短いです。日常語しか用いません。ちょっと暗い目の映像が丹念に凪沙の日常を描いていきます。私はだんだん女としての凪沙に引き込まれていきました。
凪沙の遠い親戚に一果(いちか)という少女がいます。母親はスナックで働いています。たびたび酒で問題を起こします。片親で、典型的なネグレクト家庭です。一果は完全に心を閉ざしていて、誰とも喋りません。なにを目的に生きていったらいいのかもよくわからないのでしょう。
ふたりは新宿で同居することになります。誰にも喋れない秘密を抱えて育ってきた凪沙と愛された経験のない一果。どこた似たところのある二人ですが、凪沙はあくまでクール。所詮、人は一人で生きていくしかないのだという諦めのようなものがあります。
一果はある日、バレエ教師、実花と出会います。実花は一果の才能を見抜き、惚れ込みます。はじめて一果を認めてくれる人が出現したのです。
光と闇という対義語があります。
この作品において光はすなわちバレエです。バレエのシーンはすべて光り輝いています。私もバレエの素晴らしさをこの作品で知った気がします。
では、闇はなんでしょう。凪沙の暮らしは闇に近いかもしれません。凪沙はもう若くもないし、トランスジェンダーという存在自体が世の中に認められていません。男である女というちぐはぐさを、興味本位のお客さんに切り売りして生きています。
バレエにはお金がかかります。一果はある人物に、危ないバイトを紹介されます。これは闇です。この物語では、このような闇が地獄巡りのようにたくさん紹介されます。
ただたんにバレエを賛美するのではなく、バレエをめぐる泥沼も深く描いているのです。
このあたりから物語がぐんぐん加速していきます。
凪沙と一果の関係にも変化が生じます。凪沙は一果の才能をなんとか伸ばしてやろうとします。母性が生まれたのです。予告編にバレエの先生から「お母さん」と呼びかけられて破顔する凪沙の表情があります。あの笑顔が忘れられません。
この映画には父性がほとんど登場しません。守り育てようとする母性の物語です。
母性を演じるのは草彅剛です。草彅剛の演技には定評があります。それは登場人物の存在をストレートに伝える力です。優しさも、怖さも、孤独も、喜びも、まるで我がことのように観客に伝えてきます。
草彅剛の女装は決して美しいものではありません。私にとってはむしろ不気味といっていいくらいです。しかし、その存在が、思いが、心にどんどんと染み渡ってきます。母性が痛いくらいに伝わります。
私は草彅剛は作品を選ぶ役者だと思います。作品が強靱でないと、つまり、伝える内容がないと、草彅剛の美質は生きないのです。空疎な作品の空疎さ、無能さをそのまま伝えてしまうほどに。
内田英治監督の作り上げた世界は、とても強靱です。主人公を取り巻く世界は緻密に描かれ、主人公の生きづらさはとても深いものです。彼女の生きづらさはなにがあっても解消しないでしょうが、母性という救いがあらわれます。
草彅剛は素晴らしい作品に出会いました。汲んでも汲んでも尽きないような深い悩みと喜びを表現できたのですから。
試写会が終わったあと、宣伝サロンで、草彅剛は言いました。
「脚本を読んだとき、なんだか泣けたんだよね」
なんだか、が問題です。それは口で説明できるようなものではないのです。いろいろな体験が重なり合っていて、複雑で、とりとめのないものです。草彅剛は体と、表情と、仕草と、目の色を使って、全力でその「なんだか」を表現しました。
9月25日に映画館に行くと、その衝撃に出会うことができます。
母性には対象が必要です。今回、その役、一果を演じたのは新人の服部樹咲です。数百人のオーディションから選ばれたそうです。さまざまなバレエコンテストで1位を獲っている実力が評価されたのでしょうが、その存在感はただごとではありません。演技の権化のような草彅剛を前にして、一歩も引いていません。草彅剛に「監督のパッションと一果の存在にはさまれて演技したようなもんなんだよね」と言わせたほどです。
服部樹咲は役と同じ14歳です。この映画の企画には5年の歳月がかかっているそうです。その中で、草彅剛と服部樹咲がこんなにもがっちり出会ったのは奇跡としか言いようがありません。
草彅剛には相手役の女優をよく見せるという伝説があります。今回もその例外ではありませんでした。服部樹咲には素晴らしい将来が待っているでしょう。
この奇跡の出会いをぜひ映画を見て確認してほしいと思います。
みんなで観に行きましょう。
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