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Adoとインターネット
Ado初の世界ツアー「Wish」は、熱狂的なオーディエンスに迎え入れられるかたちで終えたようだ。アジア、ヨーロッパ、そしてアメリカの全11の国と地域、全14都市を回った。長年のファンとしては、感慨深いものがある。
Adoは2002年生まれの21歳。40代も後半に差し掛かる私からすれば、「若い」のひとことだ。歳も倍ほど違うAdoというアーティストに、これほどまで惹かれるのはなぜか。ひさびさにじっくりと考えてみて、気づいたことがいくつもあった。
Adoを見ると、インターネット黎明期のワクワクした気持ちを思い出す。
「インターネット老人会」という言葉を最近になり知った。インターネットの黎明期から普及期、1990年代後半〜2000年代前半に思いを馳せる人たちのことを指すそうだ。インターネット初期からIT領域で起業をして会社経営を続けてきた私もそこに含まれるのかもしれない。
Adoになぜ魅了され続けるのか、今回のnoteは自分自身のために書き残しておきたい文章だ。
リンク──発信で集まる才能
Xフォロワー230万人弱を持つAdoは、2014年12月から現在まで2.8万件をポストしており、1日あたり8.2件を投稿してきたことになる。これはアーティストとしてはかなり多いほうだろう。
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もっと驚くのは、「歌ってみた」動画の多さだ。ニコ動とYouTubeのAdoチャンネルを遡ると64本ある。メジャーデビューして時間が経った最近でも、100万回台の歌ってみた動画があり、チャンネル登録者数652万人のAdoとしては極端に見られていないものもある。
2021年に投稿された「アダムとイブになれたら」は、191万回視聴。ほぼ無名のボカロPだった、ねこまんま氏の処女作をAdoが歌ったものだ。もちろん、Adoがメジャーデビューして以降の出来事である。同氏がAdoに歌唱をお願いし、Adoがその楽曲の良さを認めて歌ったかたちだ。
Adoは、たとえその相手のクリエイターが無名であったとしても、Ado自身が認めさえすればコラボする。
自らが才能をシェアし、誰かがクリエーションをシェアすることにより生まれ続ける新たなコラボレーション。
これはAdoのメジャーデビュー以降の活動でも変わっておらず、Adoのオリジナル楽曲を並べてみても、それを提供するボカロPは多様であり、大ヒットが生まれようが関係なく、まったく固定化されていない。
だからこそ、「Adoにいい曲だと思ってもらえればコラボできるかもしれない」と、ボカロPの新たな才能がAdoのもとに集まってくる。
Adoが発信すればするほど、新たな才能を持った作曲家たちとリンクしてネットワークになり、つながっていく。これこそがインターネットの良さの1つだ。
シェア──更新する永遠のβ版
初音ミクの有名な楽曲に「Tell Your World」がある。Google ChromeのCMムービーのために書き下ろした一曲で、いまでも12年前の動画が見られる。
これは1人のクリエーターがアップした楽曲が、インターネット上でつながるクリエーターの創造性を刺激してたくさんのクリエーションが新たに生まれ、そのコラボレーションがやがて1つの作品を形づくることを「Tell Your World」の楽曲に乗せて表現した映像だ。
あまりにも有名すぎるサビの一節を引用する。
君に伝えたいことが
君に届けたいことが
たくさんの点は線になって
遠く彼方まで穿つ
君に伝えたい言葉
君に届けたい音が
いくつもの線は円になって
全て繋げてく
どこにだって
初音ミクは、日本のネットカルチャーを牽引してきた「ニコニコ動画」の成長とともに、爆発的に楽曲を生み出してきた。
そのカルチャーを支えてきたのがボカロPをはじめ、歌い手、MIX師、絵師、動画師と呼ばれるクリエーターたちだ。
Adoが2017年に歌ってみた動画を初めて投稿し、ニコ動の歌い手から2020年にユニバーサルミュージックから「うっせぇわ」をリリースしてメジャーデビューに至ったことは有名な話だろう。
メジャーになったからといって、Adoの姿勢が変わったわけではない。たとえば「ビバハピ」を聴いてほしい。
この曲は、初音ミクを声優っぽく調教した(歌わせた)ボカロPのMitchie M氏の代表的な楽曲だ。
ボカロ楽曲を題材としたリズム&アドベンチャーゲーム「プロジェクトセカイ」のセカイver.として、バーチャル・シンガーのアイドルグループを模して別のバージョンがつくられている。
それをAdoが架空のアイドル『すいぽてっ!』のリーダー芋森ゆなとして歌っているのだ。原曲が発表されたのは2013年、Adoがこの歌ってみた動画をアップしたのは10年後の2023年である。
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当然のように、ファンから「どれだけ有名になっても定期的に古のボカロ歌ってくれるの好き」とコメントがついている。再生回数こそ200万回台だが、ファンの心には深く刺さる。
さらにすごいのは、この架空のアイドル4人組のすべての歌声をAdoが表現していることだ。「うっせぇわ」などAdoのメジャー曲に慣れている人にとっては、これをAdoが一人で歌っているとは思えないだろう。
こうした新たな試みをインターネット上にシェアして、もし再生回数が伸び悩んだとしても問題はない。失敗を恐れることなく何度でもチャレンジのが、インターネットの良さである。
少女マンガ雑誌「ちゃお」連載の人気作『極上!!めちゃモテ委員長』のテレビアニメの主題歌「めちゃモテ I LOVE YOU」の「歌ってみた」は、小中学生ぐらいの年齢を表現しており、チャレンジングなものの1つだろう。
インターネットだから新たにチャレンジできる。シェアして失敗することを恐れずに、変わり続けることができる。だからこそ、歌い手としてのフレッシュさを失うことがない。これはソフトウェアにも似ていて、Adoは永遠のβ版であり続ける。
フラット──ネット文化の一員としての姿勢
音楽ジャーナリストの柴那典氏は、Adoは小学生の時にボーカロイドをきっかけとして音楽に出会ったボカロネイティブ世代のシンガー(歌い手)であり、ボカロP・イラストレーター・映像作家など多彩なクリエイターたちとフラットな関係で結ばれることで相乗効果がもたらされていると評している。
メジャーデビューで有名になろうが、海外ツアーで成功しようが、Adoは姿勢を変えない。
2022年8月に投稿された「【Adoと初音ミク】東京は夜 歌いました」は、Ado自らボーカロイドの初音ミクを「調教」して作品にした動画だ。「調教」は、ボーカロイドなどの歌声合成ソフトを編集して好みの歌声にしていく編集作業を指すネットスラング。
同じく、初音ミクと創ったのが「【Adoと初音ミク】カルチャ 歌いました #MikuChallenge 」という作品。
「#MikuChallenge」のハッシュタグがあることからわかるように、これはバーチャル・シンガー初音ミクが16歳の誕生日を迎えるにあたって企画されたコンテストへの投稿になっている。
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プロになってもなお、インターネット文化を共に創る、クリエイターの一人であることを示すような投稿だ。こうしたフラットさ、一貫した姿勢を保ち続けるところがAdoの魅力であり、ネット文化に属するファンから愛される理由だろう。
インターネット的な存在としてのAdo
インターネットの重要な概念として、「マッチング(Matching)」がある。これは、2つ以上の要素が適切に組み合わされることを指す用語だ。
インターネットがもたらしたものの1つは、才能と才能のマッチングである。Adoという存在に、世界中のクリエーターがマッチングし続ける。これがAdoのクリエーターとしての強さの源泉だ。
覆面であり続けることも、Adoなりの表現の1つかもしれない。
2022年のNHK紅白歌合戦では、映画ワンピースの登場キャラクター「ウタ」の歌声担当として出場したが、その翌年には京都の重要文化財である東本願寺から素顔を見せないパフォーマンスを披露した。
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純粋な歌唱力だけを担い、何を歌ってもいい、あえてイメージをつくらせないスタンスは非常に興味深いものがある。
日本には、「依代(よりしろ)」の伝統がある。
より‐しろ【依代】
〘名〙 神霊が出現するときの媒体となるもの。神霊の寄りつくもの。正月の年神の依代としての門松などのような特定の枝葉や花・樹木・岩石、あるいは形代(かたしろ)・よりましなど、きわめて種類が多い。
世界中の才能あるクリエーターがAdoという類まれなる歌い手に「仮託(他の物事を借りて言い表すこと)」し、これからも表現していくのだろう。
そして、きっと私もAdoのファンであり続ける。