
日清「チベットスナギツネ」はやっぱりすごかった!──マーケティング「コミュニケーション」が古くなりつつある理由
「バズらせるコンテンツ」というのが一時期、デジタルマーケティング業界ではやった。いわゆるバズ・マーケティングやバイラルマーケティングだ。
「SNSで“バズる”商品やサービス」というと、相当にめずらしいモノだったり、奇抜なデザイン、突き抜けたメッセージなど、特別な何かを思い浮かべることが多いかもしれない。
ここ数年で「バズる」は大きく変化している
たとえば、2013年のエイプリルフールに、はなまるうどんが仕掛けた『まるごとダイオウイカ天新登場!』は大いに話題になった。

2020年に貝印がつくった広告は、バーチャルヒューマンMEMEがわき毛を見せるビジュアル、「ムダかどうかは、自分で決める」というメッセージと共に、「♯剃るに自由を」というハッシュタグを付け、多様性の時代に大きなインパクトを与え、いかにも話題になりそうなものだった。
\#剃るに自由を /
— 貝印【公式】 (@kai_corporation) August 17, 2020
貝印では、剃毛·脱毛についての意識調査を実施。
ファッションや髪型のように、剃ることも自分自身で自由に選択したいと思う人が90%以上の結果に。
そこで、“剃る·剃らない“どちらの選択にも寄り添ったメッセージを、バーチャルヒューマンMEMEを起用し公開いたしました。(🐚) pic.twitter.com/CARY67NGXY
もちろん、こうした手法は否定されるものではない。しかし、SNS慣れした消費者のコンテンツを見る目が肥え、ここ数年で”「バズる」こと”それ自体が古くなってしまったことを知らなければならない。
SNSで消費者が好んで共有するのは、企業や広告会社が生み出す奇抜なデザインや突き抜けたメッセージなどの「マーケティングコミュニケーション」ではない。
むしろ、「やってみて、すごかった!」など心の揺れ幅があり、SNSで「みんなと共有したい!」と共感が生まれるような、"遊び"や”祭り”のような消費者の体験が重要になっている。
それは、たとえばカップヌードルの「チベットスナギツネ」のような、「ありふれた日常」のなかにある「非日常的な光景」は、SNSで消費者に好まれる手法の一つだ。
カップヌードルの「日常」とチベットスナギツネの「非日常」
日清食品グループのカップヌードル「チベットスナギツネ」は、2021年「最もシェア拡散された広告・PR施策ランキング」の第一位にも輝いた。
「すでに発見された方も多いですが、こちら『チベットスナギツネ』といいまして、遭遇率は6%となっております」――。日清食品が「カップヌードル」の公式Twitterアカウントから2021年8月5日に発信したこのメッセージは、約9万件のリツイートと約25万件のいいねを記録。反響の決め手は、発信するタイミングだった。
すでに発見された方も多いですが、こちら「チベットスナギツネ」といいまして、遭遇率は6%となっております。#チベットスナギツネ #遭遇率6パーセント pic.twitter.com/2orkltCbfM
— カップヌードル (@cupnoodle_jp) August 5, 2021
同社はプラスチック原料の使用量削減のために2021年6月から「フタ止めシール」を廃止し、シールがなくてもしっかり留められるように開け口を2つにした新形状のフタ「Wタブ」を採用。このWタブを耳に見立て、フタの裏にはかわいらしい猫の顔のイラストが描かれていた。しかし、その中にわずか6%の確率でなんともいえない独特な顔をしたチベットスナギツネが交じっていたのだ。
この投稿を皮切りに、多くのユーザーが実物のチベットスナギツネの写真と並べたり、チベットスナギツネに似ている有名人を挙げたりするなど盛り上がり、その盛り上がりをメディアが記事にしてさらに露出が高まるという現象が生まれた。
施策のポイントは2つある。
第1に、2021年6月に「Wタブ」した際に「チベットスナギツネ」の存在を明かすのではなく、SNSやネットメディアなどで一定の盛り上がりを見せたあとの2021年8月にタイミングをずらして「遭遇率は6%」とユーザーに知らせたところだ。つまり、チベットスナギツネを仕掛けるものの、話題になるかどうかはユーザーの自発的な行動に委ねている。
第2に、コンビニやスーパーに並び、当たり前に知っている(食べたことがある)カップヌードルのありふれた「フタ」という日常のなかに、「チベットスナギツネ」という非日常を仕掛けているところにある。「カップヌードルのフタを開ける」という行為を、誰しもが体験したことがあるからこそ、SNSでの追体験に「驚き」や「共感」が生まれるのだ。
しかし、こうした「レアものを見つける」という手法自体は、昔からあったものである。
不二家「ホームパイ」と森永乳業「ピノ」に見る”遊び”と”祭り”
たとえば、不二家のロングセラーお菓子「ホームパイ」には、ペコちゃんの顔の焼き印が入ったホームパイが1000分の1で入っている。
やったぞ!ついにやったぞ!!1日平均4枚、3年以上毎日ホームパイを食べ続けて、ついにペコちゃんの顔つきホームパイにたどり着いた!!ホームパイを食べ続けること苦節5000枚、やっと1/1000の確率を当てた!! pic.twitter.com/CYTfB1Q34W
— お侍さん (@ZanEngineer) February 8, 2023
同じく、森永乳業のロングセラーアイスクリーム「ピノ」には、星型とハート型の2種類の特別なかたちのアイスが入っている。

こうした「レアものを見つける」という手法はお菓子の領域を始め昔から行われており、消費者が"体験を自分ごと化しやすい"という特性があった。
ただ、これまではこの手法は"マーケティング"というよりも"既存顧客へのちょっとしたお遊び・ご褒美"という位置づけを、必ずしも出るものではなかった。
しかし、ユーザーがSNSで日常を過ごすことが"普通になってきた"ことがもたらした変化は大きい。つまり、SNS上で自発的な共有が生まれやすくなっており、「レアものを見つける」という"日常の中に非日常がある"手法は"マーケティング"施策の一つに昇華させやすくなっている。
要するに、その背景にあるのは、ユーザーがSNSで起こる”遊び”や”祭り”のようなイベントに「参加」する楽しさが、以前よりも格段に高まっているという事実だ。
これは、以前に書いたnoteで、スポーツイベントなどで観客が行う"ウェーブ"というパフォーマンスにたとえて「ウェーブ型消費」として整理した現象である。
ここまでの話を図にすると、次のとおりだ。

冒頭で述べた「ありふれた日常」とは、SNSにいるユーザーの大多数が経験や体験をしていることほど話題になりやすい、ということだ。お笑いには"あるあるネタ"というジャンルがあるが、まさに日常の"あるある"にこそユーザーの共感が生まれる「場」のようなものが存在している。
なぜ「チベットスナギツネ」はバース的なのか?
この「日常←→非日常」の横断をきっかけとして、タッチポイントからユーザーへ、ユーザーからユーザーへと次々と伝播するような「場」をつくる手法が、私が提唱する「マーケティングバース(Marketingverse)」的な考え方である。日経クロストレンドに、私は次のように書いた。
22年には「メタバース」という言葉がバズワードとなった。メタバースという言葉は、米国の作家ニール・スティーヴンスンの小説『スノウ・クラッシュ』の中で初めて使われた。「メタ」(meta=概念を超える、上位概念を指し示す)と「ユニバース」(universe=宇宙)を組み合わせた造語である。
(中略)メタバースの言葉を借りて表現するならば、消費者が主体となりSNSのような場で行われる「祭り」や「遊び」は「マーケティングバース(Marketingverse)」と呼ぶべき一つの世界だ(本稿ではメタバースを3次元空間とは定義しない)。
これまでのマスコミュニケーションのような一方的なメッセージ発信ではなく、企業もデジタル上に形成されるSNSやメタバースという場における参加者の1人として、他の消費者と並列に存在すべきだろう。図にすると次のとおりだ。

ここまでの例でいえば、チベットスナギツネ、ホームパイのペコちゃん、ピノの星型やハート型など「レアものを見つける」手法は、消費者の日常の中に非日常を入れ込むことで、SNSでの共有行動が生まれやすくなる一例だ。
バース的な発想をするならば、「私も◯◯◯を見つけた!」という消費者の連鎖反応が起きやすくなる設計手法の一つと言える。
この点、カップヌードルの「チベットスナギツネ」は、仕掛けとしてはホームパイやピノと同じだが、企業が自らの公式ツイッターで仕掛けのタネ明かしをしており(ツイートを再掲↓)、ハッシュタグを付けるなど連鎖を起こしやすくしていることが見てとれる
すでに発見された方も多いですが、こちら「チベットスナギツネ」といいまして、遭遇率は6%となっております。#チベットスナギツネ #遭遇率6パーセント pic.twitter.com/2orkltCbfM
— カップヌードル (@cupnoodle_jp) August 5, 2021
また、ホームパイに出逢う確率は0.1%(1000枚に1枚)とかなりレアだが、チベットスナギツネはその60倍の6%なので、実はそこそこ遭遇する。そのため、消費者の連鎖投稿が起きやすい。このあたりのあんばいが日清はとても上手い。
「コミュニケーション」から「バース」へ
カップヌードルの購入という日常に、「チベットスナギツネとの遭遇」という非日常が潜み、SNSにいる消費者のあいだで「私も見つけた!」という共有の連鎖が起こりやすくなる。
そして、SNSで誰かのチベットスナギツネのツイートを見た消費者の一部は、日清食品の「環境への取り組み」について知ることになるだろう。
発売50年を機に、カップヌードルの底に付けていた「フタ止めシール」を廃止することにしました。これで年間33トンのプラスチックが削減できます。じゃあどうやってフタを止めたらいいの?っていう方、動画をご覧ください。#世界環境デー #環境の日 #順次切替予定https://t.co/fC9WjivvJV pic.twitter.com/hXHex38wwF
— カップヌードル (@cupnoodle_jp) June 4, 2021
そこで「カップヌードル」という商品への理解が深まれば、即席麺の中では同商品を選ぶようになるかもしれない。話題化しやすい「レアものを見つける」手法をきっかけとして、「なぜこれを?」と感じた消費者には、「実は環境への取り組みである」ことがわかるようになっている。
このように、日常・非日常の様々なタッチポイントを用意し、ユーザーの自発的な行動が生まれやすくすることで新たなユーザーを呼び込み、商品により深く入り込む機会をつくるのが「マーケティングバース」の考え方だ。

これまでは「マーケティングコミュニケーション」と呼ばれるように、マーケティングとコミュニケーションは1つの取り組みとして扱うことが通例だった。「広告」は、その代表だ。しかし、現在は企業が一方的に情報を伝達するテレビCMなどの影響力は相対的に弱まった。
これまでのマーケティングコミュニケーションのような一方的なメッセージ発信ではなく、企業もデジタル上に形成されるSNSやメタバースという場における参加者の1人として、他の消費者と並列に存在する。ゆえに、企業にも「場=マーケティングバース」を設計・運用することが求められるようになっている。
これからのマーケターには、消費者が自発的に創造性を発揮し、SNS上で共有する行動が生まれやすくしていくという場(=マーケティングバース)の設計及び、運営・改善していく役割が求められていくだろう。
最後に
筆者は、ユーザーの行動からコンバージョンを最適化するサービス「Sprocket(スプロケット)」を提供する会社を経営している。
普段からデジタルマーケティングの最新情報を追っているが、近年、これまでの概念やフレームワークでは説明しにくいことが多くなっているように思う。noteでは、そうした知見をまとめている。
Twitterでもデジタルマーケティングに関する最新情報を発信しているので、参照いただければ幸いだ。