“推しマーケティング”の極意
デジタルマーケティングの最新情報に触れていると、「これって新しい流れだな」と感じることがあります。私の本業は、コンバージョンを最適化するサービス「Sprocket(スプロケット)」を運営する会社のCEOですが、ユーザー行動の変化は、常に早いものだと感じます。
前回のnoteでは、「”バズらせる”という発想そのものが古くなっているのではないか?」という問いから、さまざまな事例を挙げながら「マーケティング活動が『コミュニケーションを設計すること』から、マーケティングバースという祭りや遊びの『場』を設計・運用することに変わっていくのではないか」という話を書きました。
ありがたいことに、note公式のオススメにピックアップいただくなど、たくさんの反響をいただきました。
今回も、さまざまなマーケティングの最新情報から、新たな潮流について掘り下げてみたいと思います。アーティストやクリエイターと、それを「推す」ファンとの関係性、ベクトルに入り込むようなマーケティング手法です。
「一般発売のない商品をコラボ」ハナマルキ×ずとまよ
味噌・醸造品大手のハナマルキとZ世代を中心に人気の音楽ユニット「ずっと真夜中でいいのに。(ずとまよ)」とのコラボは、とてもユニークな事例だと思いました。
コラボ商品を開発したにもかかわらず、ハナマルキは「一般発売はしない」という選択をしたのです。
「一般発売がない=売り上げのためではない」ということから、ハナマルキ側からの本気度が伝わってくるのと同時に、ファン側からすれば「“ずとまよ”のために、ここまでハナマルキはやってくれるのか!」と思うのではないでしょうか。意図的かはさておき、心理学でいうところの”返報性の原理”が働くようにも思います。
では、なぜハナマルキは、ずとまよとコラボしようと考えたのか? とても重要なことだと思いますが、次のように明かされています。
つまり、アーティスト自身がハナマルキの商品を好んでいたという事実から、スタートしているのです。私はこの「アーティストの態度や言葉に嘘がない」ということが、とても大事だと感じました。
前回のnoteでも”バズらせる”という発想が見破られるようになっていると書きましたが、同じように芸能人やタレントがCMで笑顔を振りまくことに、消費者は共感を持ちにくくなっているのではないでしょうか。
つまりは、自分の「推し」が"本当に好きだ"というところにこそ、共感が生まれるということです。
「架空の芸能プロダクションに打診」森永製菓×アイマス
森永製菓がバレンタインデーに合わせて、バンダイナムコエンターテインメントのゲーム『アイドルマスター シャイニーカラーズ』とコラボレーションした事例にも、ハナマルキの事例と似た共通点があります。
「アイマスの世界観」に参加する形で、森永製菓が架空の芸能プロダクション「283プロダクション」に“打診”することでアンバサダーの起用が決まりました。
その結果、ファンにとっても没入感のあるプロモーション体験になり、大きな反響を呼んだそうです。
私が特にこのプロモーションで最も大事なポイントだと感じたのは、森永製菓の担当者である吉積氏(マーケティング本部菓子マーケティング部チョコレートカテゴリー担当)の次の話です。
つまり、ゲーム内のアイドルが好きだということを知ったうえで、オファーしているのです。ここはハナマルキの事例と共通するポイントです。
自分の推しである園田智代子さんが「森永製菓ダースのアンバサダーとしてオファーを受ける」ことは、ファンからすれば自分のことのように嬉しいことだったのではないでしょうか。
森永製菓の担当者がいかにアイマスの世界観を壊さずに、実際のプロモーションでの見せ方を考えながら、試行錯誤していたのかが伝わってくるエピソードです。
「本気でフィギュアスケートを盛り上げる」ミズノ×ユーリ!!! on ICE
スポーツメーカーのミズノは、男子フィギュアスケートを題材としたテレビアニメーション「ユーリ!!! on ICE」とのコラボを展開しました。
「ミズノだからこそできること」を追求した結果、直営店で毎年、アニメに登場する選手(キャラクター)の誕生日イベントを開催しています。
また、世界のフィギュアスケート界で戦う「アニメの世界観」そのままに、コラボアイテムも最上位の"機能性"を盛り込んでいる、と担当者は語っています。
ミズノの担当者から伝わってくるのは、「ユーリ!!! on ICE」のファンを後押しすることで、ファンコミュニティを盛り上げたいという思いです。実際のフィギュアスケート選手と同じように、ミズノがアニメに登場する勝生選手と接することは、ファンにとっても嬉しいことだろうと思います。
これまでのマスメディアのCMに起用するなどの表面的な関わり方ではなく、企業がファンと同じベクトルを向いていることがわかる事例なのではないでしょうか。
TikTokで「魔女業界」のインフルエンサーとコラボ!?
「推し」を活用したデジタルマーケティングの新潮流は、ミズノや森永製菓のようなアニメとのコラボ事例だけではありません。
面白かったのは、TikTokで「魔女業界」のインフルエンサーとコラボした、ロサンゼルスを拠点とする和菓子D2C「MISAKY.TOKYO(ミサキ・トウキョウ)」の事例です。
この記事を読むとさらに驚くのですが、そもそも米国で和菓子を売るために商品開発から米国文化に寄せてつくっており、さらに売り方も魔女業界のカルチャーの文脈をうまく使ってTikTokでコラボするという離れ業を見せてくれています。
さらに、です。魔女だけではなく、マーメイド、ドラゴンなどに横展開しました。ニッチなところで何回もリーチするという手法は、いろいろと学ぶところが多いと思います。
こうした展開がハマったのは、先ほどの「琥珀糖はカラフルでキラキラとしたクリスタルに似ている」ということもそうですが、和菓子自体のクオリティが高かったことが大前提にあると思います。
それに加えて、次のようにインフルエンサーにとって「ASMR(自律感覚絶頂反応)」の動画としても、機能していたことが大きかったように思います。
ASMRとして再生回数が伸びれば、インフルエンサーと和菓子販売との関係性がWin-Winになるというわけです。こうしたインフルエンサー側の心理と、推す側のファンの行動の歯車が噛み合いました。
和菓子D2C「MISAKY.TOKYO(ミサキ・トウキョウ)」の数々の施策は、「推しマーケティング」の事例としても非常に面白いと思います。
「推し」と同じベクトルを企業が共有する
Z世代(1990年代中盤から2000年代終盤までに生まれ)の若者ほど、アイドルやアニメなどの「推し活」に積極的です。
若い世代に商品やサービスを展開したい企業が、「推し」カルチャーにうまくハマることでプロモーションしたいと思うのは当然だと思います。
しかし、これまでの芸能人やタレントがCMでの好感度を競うような「マスマーケティング」と、ここまで見てきたような「推しマーケティング」は性質がかなり異なります。
ここまでさまざまな「推しマーケティング」事例を見てきましたが、SNSなどユーザーと一体になっているような「場」で、マーケティングを成功させるには、ポイントがあることがわかります。
ハナマルキは「一般発売がない=売り上げのためではない」という本気で「ずとまよ」ファンからの共感を得ました。森永製菓はアイマスの世界観をそのままに、没入感のあるプロモーション体験を創り上げていました。そして2つに共通するのは、応援しているミュージシャンやキャラクターが「その商品を好きだ」という点でした。ここに嘘がないことはとても大切だと思います。
ミズノは「ユーリ!!! on ICE」のファンを後押しすることでフィギュアスケートを盛り上げようとしていました。重要なのは、ミズノ自身が日本代表ウエアを提供しているため、キャラクターに"本物感"を加えることができるところにありそうです。
和菓子D2C「MISAKY.TOKYO」は、商品企画の時点で「琥珀糖がカラフルでキラキラとしたクリスタルに似ている」ことから、魔女などニッチインフルエンサーとタッグを組むことで成功を収めました。和菓子自体のクオリティが高いことが大前提であり、"和菓子という商品"そのものからインフルエンサーと共鳴できた事例です。
これは前の3つの事例がいわゆる"成熟商品"であるのと比べて、和菓子D2Cが"新商品"であるからこそ、商品そのものから柔軟にマーケティングを実施できたのだと思います。
このように、それぞれの事例には、どこまで”推し”と"企業"がコラボレーションできているかの”共鳴度合い”はあるものの、ファンと企業は“推し”という同じベクトルを共有しています。図に表すと次のようなイメージです。
企業にとって、マスメディアとの関係が“タイアップ”だったとすれば、「推しマーケティング」はSNSでの“コラボレーション”です。
お互いのブランドや世界観に共鳴することで、それぞれに商品が売れる/ファンが増えるというメリットを享受します。お互いをエンハンス(強める、促進する)するポジティブな結果を生み出します。
企業にとっては、かなり難易度の高いマーケティング手法だと思いますが、うまく実現すれば「Win-Winの関係性」を築くことができる理想的な方法だと私は思いました。
みなさんも「推しマーケティング」を施策の一つとして、試してみてはいかがでしょうか?
あとがき
あらためまして、私はユーザーの行動からコンバージョンを最適化するサービス「Sprocket(スプロケット)」を提供する会社を経営しています。
普段からデジタルマーケティングやCVR最適化の最新情報を追っていますが、今まで登場したマーケティングの概念やフレームワークでは説明しにくいことが多くなっているように思います。
今回は、ファンと企業は「推し」という同じベクトルを共有することが大切だというインサイトを引き出してみましたが、いかがでしたでしょうか。
引き続き、デジタルマーケティングに関する最新情報はTwitterなどで発信しておりますので、よろしければTwitterもご覧ください。長文となりましたが、ここまでお読みいただき大変にありがとうございました!