立夏のパンドラby煉瓦【No.2】
文学同好会夏季合宿の目的は、主に三つ。
一つ目は単純に思い出作りとしてのイベント。
二つ目は個人製作を進める時間の確保。
三つ目は合作のテーマ決め及び資料集め。可能であれば執筆まで。
部誌の内容は、大きく分けて個人作品と合作の二つ。
個人製作は家でも進められるが、合作に関しては少しばかり勝手が違うのだ。
じっくりと話し合ってテーマやストーリーを決め、ページ数や章ごとに分担を決め、必要なら図書館で資料を漁らなければならない。
メールで済ませるには余りにも難儀な大仕事、それ故にこうした場が設けられる。
「では、さっそくテーマを決めていきましょうか」
尋人は部長らしく進行を取り仕切り、他四人も促されるままに意見を出した。
最初に毅。
「やっぱスポ根だろ!甲子園を目指す野球部とかが定番だ! 」
「いいけど、野球のルール知ってるのか? 」
「たしか、スリーアウトでストライクだっけ? 」
続いて凪咲。
「BLか百合がいいっす! 」
「却下です。僕達そういうジャンル疎いので書けません」
「なら教えるっすよBLってのは人類の最高傑作でイケメンとイケメンが(以下略)」
所々息切れしながらも話しきった凪咲を見て孝太が欠伸をしながら訪ねる。
「なぁ、何分だった? 」
「二十分弱でした。今回はまた一段と長かったですね」
尋人は呆れた様子で答えた。
その後も多種多様な案が出されたが、どれもいまいちピンとこない。
そんな中、状況を変えたのは意外にも怜奈だった。
「じゃあ……今回の合宿自体がテーマ、とかどうかな」
「成る程、面白そうですね。詳しくお聞きしても? 」
「今回の合宿で私たちが体験したことを、フィクションを織り交ぜながら小説にするの。大人に隠れて学校に泊まる、なんてシチュエーションも珍しいだろうし」
おぉ、と感嘆の声が上がる。
控えめな性格の怜奈にしては、随分と攻めた発想であるように感じられたのだ。
「でもさぁ、流石に危ないんじゃねぇの?色々とバレるかもしれねぇぜ」
「別にいいじゃない。フィクションの物語なんだから、言い訳なんて幾らでもできるよ」
それに潜伏中に見つかってしまえば、そもそも作品どころではなくなる。
その辺りは今更気にする事でも無いのだ。
「では、今回の合作のテーマは合宿での体験ということでいいですか? 」
異論が出ることは無く、こうしてテーマは決定した。
それからの数時間は、ひたすら執筆が行われた。
尋人と怜奈は個人作品を完成させ、孝太も半分以上まで書き上げた。
残る二人はというと、
「クソッ……無理すぎる……!」
「こりゃ徹夜確定っすかね~」
未だ一割も書けていなかった。
そして段々と日が落ち、茜色の光が窓から差し始めた頃、問題は発生する。
「そういえば風呂ってどうする予定だったっけ? 」
毅からの質問。そして尋人からの返答。
「運動部棟のシャワー室を借りる予定でしたが……流石に堂々といける状況じゃなくなりましたよね」
「えぇ~お風呂無いのは流石にダメっすよ~! 」
「うん、私もそこはマストかな」
珍しく真剣な様子で主張する凪咲に、玲奈も激しく同意する。
「そういえば今日は男バスと女バレが遅くまで練習だったな。どっちも今頃シャワー室使ってるだろうし、ドサクサに紛れたらいけるかもな」
「マジっすか⁉ ならウチ行ってくるっす! 」
「あ、じゃあ私も行ってきます」
「俺は……一日くらいなら、まぁいいか」
「僕も、まぁいいです」
「女バレが使い終わった少し後にしろよ。混じっててもバレるだろうから」
「個室だから大丈夫だと思うけど、一応気をつけるよ。じゃあね」
パタンとドアが閉まり、しばしの沈黙。
静かになった部室に、三人の作業の音だけが響く。
そんな時間が十分ほど続いた頃、
「流石に暇ですし、コンビニ行きません?」
不意に尋人からの提案。
「そういえば俺達夕食も用意できて無いもんな」
何か買いに行くか、と孝太も立ち上がる。
「アイツらには......まぁLINEで連絡すりゃ良いか」
毅はスマホが手に取るとメッセージを打ち込んだ。
***
日が落ちて暗くなり始めたころ、男子三人は出発した。
少し離れた運動部棟の通路では、仲良く話す三人の女子生徒の姿があった。
「男子達がコンビニ行くって。ついでにパン買ってきてもらおうかな」
「あ、そしたらウチも裂きイカ買ってきて欲しいっす。和歌ちゃんも欲しいものあったら私が頼んどくっすよ」
「いや〜流石にボクがそっちの男子コキ使っちゃ悪いし」
「ちなみに一人は毅っすよ」
「毅いるの!?じゃあお願いしよっかな」
数分後、学校から少し離れた夜のコンビニで三人の生徒が棚を眺めていた。
「怜奈がメロンパン買ってきて欲しいそうだ。凪咲はアンパンと裂きイカと......スムージー ?」
「スムージーって、凪咲がそんなオシャレなやつ飲んでるとこ見たことねぇんだけど」
「まぁ急に意識高い系を志し始めるという事もありますよ、きっと」
「裂きイカって意識高いか?完全に晩酌のチョイスだろ 」
三人は各々の食事と頼まれたものを買い物カゴに入れ、レジに向かった。
「ありがとうございました!」
店を出た所で、再びLINEの着信音。
「なんだ、追加か?もう店出ちまったぞ」
そして二度目の着信音。
「あー、はいはい分かったよ。仕方ねぇな」
毅が面倒臭そうに画面を開くと、写真と文が送られてきていた。
「おい、ヤバいぞ」
『岩櫃先生いたんだけど』と書かれているのを見て、三人の背中に悪寒が走る。
写真に写っているのは確かに岩櫃だ。
手には箱のような黒い塊を持っているが、あまりよく見えない。
場所は運動部棟の横にある校舎裏通路で、少し遠い所から撮られたものだった。
『見つかってねぇよな? 』
『うん、大丈夫。いま女バレの部室に隠れさせてもらってる』
『それ女バレの部員は知ってんの? 』
『一人だけね』
『それ誰』
丑谷和歌。画面に現れたその名を見て、毅は思わず吹き出した。
「はぁ!? なんでアイツが絡んでるんだよ!? 」
学年でも少し有名な人物だ。
特に運動部に所属する者であれば、彼女と関わる機会は少なからず存在する。
というのも、和歌は中学時代に女子バレー部のキャプテンを務めた経験があり、当時弱小だった部を全国大会まで導いたのだ。
現在のバレー部でも、既に次期キャプテンとして期待されている。
「こんな物騒なコトに加担したらアイツも危ねえだろうに」
毅は顔を顰めながら再び文を打つ。
『とにかく急いで帰るから、変なことするなって和歌に伝えとけ』
『はーい待ってるよーby和歌』
「アイツ、帰ったら覚えてろよ」
三人は小走りで夜道を進み、裏門からこっそり部室棟に入った。
もう文好の部室にいると連絡があり、三人は部室に向かう。
ガチャ、とドアが開き
「戻ったぞ」
「お待たせしました」
「和歌テメェなんのつもりだ」
中に入った男子三人を
「おかえり。外寒かったでしょ」
「ご苦労様っす」
「お邪魔してま〜す」
先程から一人増えた女性陣が出迎えた。
「毅以外は初めましてだよね。ボク、丑谷和歌っていいます。よろしくね」
ショートカットの小柄な女子生徒が、ペコリと頭を下げて挨拶する。
聞けば彼女は、毅とは中学からの友人であるらしい。
「で、ここに来たのはどういう了見だ? 」
毅に詰め寄られ、和歌は男子達が外出中にあったことを話した。
「ボクがシャワー室から出たら二人がいて、それで色々聞いた。」
「チッ......まぁ二人を匿ってくれたのは、助かったよ」
「ん〜? 相変わらず素直じゃないんだから」
「でもよ、お前も危ないんじゃねぇか? バレたら処分とか色々あるぞ」
少し深刻な表情で尋ねる毅に、和歌はヘラヘラと戯けた様子で答える。
「全然平気だよ。ボクが楽しそうだな〜って思って始めたんだもん」
それはそうと、と和歌が真剣そうな面持ちになる。
「女の子と同じ部屋で寝泊まりなんてどういうつもりさ? 毅の事だから、どうせ変なコトとかしたいだけなんでしょ」
「んな訳あるか! 止むを得ずだろうが! 」
「とにかくそれは流石にダメ!見つかったら色々言われるし噂も立つよ? だから二人は、今日は私と女バレの部室泊まりね」
男子三人は少し青ざめた。
今回の合宿において最も避けるべきは、騒ぎが大きくなること。
特に大所帯な運動部となれば、巻き込んでしまうのは避けたい。
「でも、明日も部活はあるんだろう?」
「いや、明日はオフだし平気だよ」
「流石にリスクが大きいですよ。最悪の場合、部に迷惑がかかります」
「部の皆は何も知らないんだもん。ハナから責任なんか無いよ」
「ですが流石に他を巻き込むようなことでは......」
「じゃあお言葉に甘えるっす」
「私もそっちにしようかな」
「お、おい! 」
「いや、正直ウチらも別々に泊まれる場所があるならそっちの方がいいっすよ」
「だよね。女子会とかできそうだし」
こうして女子三人は女バレの部室に泊まることが決定した。
「見つからないで下さいね、本当に」
「分かってるっすよ〜」
パタンとドアが閉まり、暫しの静寂。そして孝太が尋人の耳元で口を開く。
「なぁ、尋人。あの丑谷とかいう女子、多分だが......」
「えぇ、そうでしょうね」
***
「毅くんのこと、好きだったりする? 」
「あーそれウチも思ってたっす」
「......え、えぇ!? 」
和歌の顔は一瞬で真っ赤に染まる。
「え、いやそんな訳ないじゃん!なんでそんな」
「視線釘付けだったし」
「ウチらをこっちに連れてきたのもそういうコトっすよね? 」
「いや、ボクは別に......」
みるみるうちにしおらしくなってゆく和歌。
この辺にしておいてやろう、と思った怜奈のスマホから突然着信音が鳴る。
「LINE……あ、宮本くんからだ」
「えぇ!? 」
「大丈夫っすよ和歌ちゃん。ただの事務連絡っすから」
毅からのLINEの内容はこうだった。
『八時になったら外出るなよ。施錠時間以降は警備員もいるし、見つかるだけでアウトだからな』
時間は既に七時五十六分。
『あと、寝るときは窓際にしろよ。死角になるから見えにくい』
『おっけー。そっちも気をつけてね』
『猥談とかしないで早く寝るっすよ〜』
『うるせぇそっちこそ早く寝ろ』
おやすみ、と打ちかけたところで、怜奈は和歌にスマホを差し出してニヤリと笑う。
「ほら、おやすみって言わなくていいの? 」
「......いじわる」
ぼやきながらも和歌は怜奈のスマホを受け取り、書き込む。
『今日はありがとう。おやすみ』
「これ絶対丑谷からだよな? 」
「ほら宮本くん、返信してあげないと恨まれますよ」
「あーはいはい分かったよ」
毅はスタンプの中から親指をたてる犬のスタンプを選び送信する。
「普通におやすみって言えばいいだろうに」
「意外と可愛いスタンプ持ってるんですね。初めて見ました」
「うるせぇな。ほら俺らも早く寝るぞ」
そして八時を少し過ぎた頃、それぞれの部屋の部員達はジャージ姿で窓際に身を寄せて横になった。
女バレの部室ではそのまま寝息だけが聞こえるようになったが、男子達は小声で会話を続けていた。
続く