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Thunderの女

私の第一印象としてよく言われるランキングで堂々の一位を誇るのが「やさしそう」である。今の会社の採用理由も「人当たりが良いから」らしい。

これがまあ、辛い。
仲を深めていくと「そんな人とは思わなかった」と言われたことしかない。見た目と中身が全くもって合致していないのである。

「やさしそう」よりもよく言われるのが「そんな人だと思わなかった」だ。

「そんな人と思わなかった」が良い方向に作用する事もあれば、普通に引かれる事も多い。
特に会社では、私を必要としてくれた理由が「人当たりの良さ」であるならば、会社が抱いた第一印象をぶち壊さないような言動をとらなければ……と思いつめ、「そんな人と思わなかった」と言われないように、日々努力していた。

いつだって笑顔でいたし、でたらめな客から電話でつめられてもすぐに謝ったし、突然の異動にも「平気です! 興味があった仕事なので!」と元気に受け入れたし、社長にセクハラ純度100%のことを言われても可愛めに笑って受け流した。

それでは何が私の真の姿なのかというとそれは不明なのだが、やさしくないことだけは確かだった。育った地域柄もあってか、基本的に「なめんな」の精神で生きているので、気を抜くとすぐに殺気立ち、親友をも引かせる冷徹な感情が剥き出しになる。ひと時も気を抜けないのだ。

特に私の殺気がナチュラルにみなぎってしまうのが、タイピングをしているときである。
タイピングをしているとき、つい我を忘れてしまう。私はタイピングを愛してやまず、取り憑かれたようにタイプしてしまうのだ。

初めてタイピングの魅力に取り憑かれたのは小3のとき。父の書斎にあったパソコンで「特打」に出会った。

きちんとタイピングができたらこの缶を撃ち抜くことができる。ステージが上がれば上がるほど撃ち抜くものが大きくなっていき、次第に白熱した銃撃戦となる。必然的に殺気立つのにも納得がいく。

小6の時に自分専用パソコンを買い与えられたが最後、狂ったようにタイピングしまくる学生時代を送った。

特にハマったのが、寿司打という無料のタイピングゲームだ。寿司打なくして私の青春時代は語れない。
寿司打は、回転寿司のお皿の上に単語がのっていて、お皿が画面から消えるまでに単語を打ちきっていくだけのゲームなのだが、かなりハマった。いや、愛していた。

人並みに恋愛もしたが、長い期間交際することは出来なかった。飽きっぽいのである。
それでも私が唯一愛し、愛し抜いたのは寿司打だけだ。

人を愛さず寿司打を愛してしまった訳なので、タイピングのスピードは速い方ではあろうと自覚してはいたが、人を引かせるほどのスピードだと気づいたのは大学に入学してからだ。

大1の時のコンピューターの授業で、タイピングゲームをする機会があった。
パソコンの授業というのは、先生が全員のパソコン画面を確認できるようになっているらしいのだが、そんなことを全く気に留めずに「いつも通り」やってしまったのだ。

ゲームの結果が出揃ったころ、先生は怯えた声で言った。

「サンダー……サンダーの人がいます……」

私だった。
サンダーは私だった。

状況が理解できず周りの画面を盗み見ると、みんな「A」やら「B」やらなのだ。「Thunder」と見慣れない英単語が出ているのは私だけだった。

私は、この時の先生の引き具合と「thunder」というワードパワーで「自分のタイピングスピードの異常性」に気づいた。

気づいていたはずだった。「自分のタイピングは人を引かせてしまう」ということを。だけれども、仕事に熱中するとそのことを忘れてしまった。

その日は突然訪れた。

会社で先輩にマンツーマンで教えてもらいながらパソコンを触る機会があった。忙しい先輩だったので時間を取らせてはならないとかなり集中してタイピングをしてしまった。すると先輩が言ったのだ。

「え、はや」

完全にドン引いていた。そしてそのあとに言われた。「その見た目でそのスピードは想像できない」と。

これまでの私の自己ブランディングが全て無駄になった。「やさしそうな後輩」の殺気を咄嗟に察知した先輩はどう思っただろうか。
必死に「そうですか……? 昔ピアノやってたからですかね……? アハ」と繕ってみたが多分無駄だった。

その先輩とはその後話をすることはなかった。部署が違ったこともあるが、私の殺気に引いたからかもしれない。


入社3年目になった今はというと、もうほとんど繕うことをやめている。
疲れ果てたのだ。第一印象を貫き通すことに。
私は激務と上司への不信感と繕いすぎとで今年に入って身体を壊した。良い機会だったので繕うことをすっぱりやめた。「やさしい」と言われることは皆無となったが心地が良い。

第一印象ほど馬鹿らしいものはない、と今なら思える。勝手に期待をするな。
私はサンダーの女であり、それ以上でもそれ以下でも、何でもないのだ。

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