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『アマビエと太郎』-日経から、妄想小説


アマビエって、絶妙な顔ですよね。

ドラエもん、とかミッキーマウス、とか何かお題を与えられたときに、
苦手な人が描いて場が盛り上がる絵、みたいな。

実際、アマビエは、アマビコ、という毛むくじゃらの妖怪の誤りだとか、諸説あるようですが。

コロナが流行してから、病が治るという偶像にも触れられず、疫病除けの祭りも中止になり、こういうネタにできる視覚的なアイコンに願掛けしたくなるのは、今っぽいなと思いましたが、これほど流行したのは、この二次創作欲を駆り立てるビジュアルだからこそな気がします。

前回、試しで【日経記事から書く短編小説】というのを始めてみましたが、もうちょっと続けてみようかなと思い、今回も。


【日経記事から妄想してかく、短編小説】

『アマビエと太郎』


「お父っさん、見てよお」

太郎が自慢げに見せてきたのは、妙な絵だった。

「海の近くでこんな妖怪と会ったんだあ。アマビエっていう、可愛い妖怪でねえ。銀色の髪の毛がきらきら長くって、玉虫色の鱗は目眩しそうなほどでさあ……3つの足がよちよち可愛らしくって、透き通る声で喋ってねえ……」

猪之吉は返事をせず、煙草をぷか、とふかした。
そんな父におかまいなしで太郎は続けた。

「アマビエには、とても不思議な力があってねえ。もしも疫病が流行った時、こいつの絵を玄関に貼っておけば、たちまちに治るんだって。アマビエがそう言ったんだよ。だからおいら、こいつを見ながら、絵を描いたんだ。」

また悪い癖が始まった、と思った。
太郎は幼い頃から自分で作った話を、さも実際にあったことのように喋って、大人をからかう癖がある。
妻に似たのだろうか。妻は、太郎を産んで1年で逝ってしまった。

「こら、また嘘話だろ」

猪之吉は、拳を振り上げて太郎を睨んだ。
太郎は、へへ、と照れくさそうに笑った。
その手には乗るまい。

太郎は、ずりずりと猪之吉のそばへ寄ってきて、耳元で囁いた。

「お父っさん、疫病は、いつか必ずやってくるんだよ。
お守りにこいつを売って、一儲けしようよ。」

ハッとして太郎の顔を見た。妻にそっくりだ、と思った。

“アマビエ”を描いた御札を売り始めてから一年後、
猪之吉の村で本当に疫病が流行った。
人々は藁をもすがる思いで、猪之吉のアマビエの御札を買い求めた。
疫病がおさまったころ、猪之吉は村の人々から感謝された。
随分裕福になった猪之吉には、新しい妻もできた。

しかし、息子は、新しい母に懐かなかった。


太郎は、いつものように海辺で一人ぼんやりとしながら、
もう一度アマビエに会いたい。と思った。
あの日以来、何度海へ来ても、アマビエには会えなかった。

「あだい、こんなに可愛くねえけどさ……」

太郎の描いた似顔絵を覗き込んで、アマビエはつぶやいた。
その濁った声を、時折思い出した。

毛むくじゃらで、醜いアマビエ。

ちゃんと、実物通りに描いてやればよかった、と思った。


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