川のふれあいイベントにきたら地獄絵図だった
もう二度と行かない。
来たる休日、私たち家族4人は川に来ていました。
目的はテレビ番組「池の水全部抜く」を体験できるかのようなイベントに参加すること。
(念のため言いますが番組とは全く関係ないです)
自然の川の脇に人工的に作った川(自然の川と繋がっている)の水を少し抜き、網で掬ってどんな生き物が生きているのかを観察するというものでした。
参加料も安く、比較的家の近くだったので魚とり網を購入していざ出発!です。
イベント会場についたころにはもう長蛇の列がありました。
人数制限もあったので、もう無理かな……と諦めていたのですがなんとか滑り込むことに成功。
並んでいる最中に娘の同級生に会い、ママ友にも何人か遭遇し、楽しくなりそうな予感が胸を満たします。
子供たちもワクワクして「早く川に入りたい!」と買ったばかりの魚とり網を握りしめていました。
列が動く度に潮の匂いがふわりと香りました。
「潮が上がってきてるね」と夫が言います。
海に少しだけ近いこの川では、満潮になると海水が川の方まで上がってくるそうで、そんな時は海の魚も見られる時があるようです。
川と海が繋がっているというだけでも驚いた様子の子供たちを見て、あぁ、これは連れてきてよかった。と微笑みました。
きっと夏の最高の思い出になるぞ、と。
入場して数十分経ってから開会式が始まります。
親のそばを離れないこと、親御さんは子供をしっかり見ること。
〇歳以上は子供だけで川に入れますが、必ず見守りはしてくださいということを話していました。
簡単で当たり前で重要な話のあと、ようやく川に入るときがやってきました。
水を抜き完全に川底が露出した場所から入ります。ぬかるんでいる場所を歩くことに慣れてから水が残っている場所へと移動するようにと指示がありました。
先頭の人たちから順に、先ほどまで水で満ちていた川底へと降り立ちます。
「うわっ!?」
どうやら早速転んだようでした。
その後も「うわ?」「え!?」「きゃぁ!」と言った悲鳴が上がり、次々と転んでいく人々。
起き上がった服を見るとまるでヘドロのような泥が体にまとわりついています。
「え、やば」
娘のテンションが急降下する音が聞こえました。お年頃の娘は服が汚れると知って帰りたくなったようです。
しかし私も抜かりはありません。まさか泥だらけになるとは思っていませんでしたが、川に入るということでもう捨ててもいいサイズアウトギリギリの服を着せてきたのです。
「まあ、たまにはいいじゃん。今日はどんなに汚しても怒らないから」
息子は「よっしゃー!」とガッツポーズを掲げ、後ろに並んでいる家族にほほえましい表情で見られていました。
娘も「じゃあ、いいけど」と満更でもない顔をしています。
プライドの高い夫はこの期に及んでジャージではなくスラックスを履いてきたのでひきつった顔をしていました。
さて、私たち家族が川に入る時がやってきました。
転んでいる人たちがたくさんいたので、私は体重の軽い息子を、夫は背の高い娘をサポートすることになりました。
一歩足を踏み入れます。
「!?」
滑る!!!と思ったら沈む!!!
底なんてない!!底なし沼のようです!!
あっという間に足首まで沈み、重力を無視して横に斜めにずるずると滑りながら埋まります。
バランスを取ろうと踏み出そうとするも泥にとられて足が抜けません。
「やばっ!」
転びそうになった私を夫が支えます。
「あぶな。ありがとうパパ。これ、やばいわ」
「停滞したらダメ。沈む前にどんどん進んだ方がいい」
夫のアドバイスに従ってどんどんと前に進みます。転んでいる人たちの脇をすり抜けて目的の場所までずんずんと進んでいきました。
申し訳ないですが助けている場合ではありません。
まるでサバイバル。ここで転んだら私たちが殺られる!!!
ふと先頭の人たちを見ると、服の元の色がわからないほど泥にまみれて楽しそうに魚を掬っていました。
魚もいないこんな沼地で泥だらけになるのは絶対に嫌ですが、魚を取りながら泥だらけになるならこのイベントの楽しみの一つでもあるんじゃないかと思い始めていました。
早く、あそこに行きたい!!!必死に歩きます。
夫のアドバイス通り沈む前に足を進めたので、近くで並んでいた人たちよりも早く水のある場所にたどり着くことができました。
ちょっとずつ、ちょっとずつ進んで水の中に入ります。
ぬるい……。
そうでしょう。ただ今の気温30度越え。水温が生ぬるく気持ち悪く感じました。
しかし娘が「あったか~い」と自販機みたいなことを言ったので気を取り直します。
まずは魚を捕るために自分の持ってきたバケツに水を汲みました。
「水、きたな……」
掬っても掬ってもヘドロのような泥水しか救えません。水位が低く少なくなった水、その中を駆け巡る人々。おかげで水と泥がシャッフルされ、茶色い泥水しか掬えなくなっていました。
「あっ!魚!」
息子が網で掬います。
「魚、とれた!」
ニコニコの息子の網を見ると、泥と一緒に魚が一匹入っていました。
網目の粗い魚とり網から……滑り落ちないほどのヘドロ……。
魚、死ぬんじゃね……?
嫌な予感がした私は急いでバケツに魚を移しました。
よかったねぇ~。と言った次の瞬間……ぷかりと浮く魚の腹。
死ィ……ん……だ……?
ふと冷静になって周りを見渡すと、そこら中に浮かぶ魚の死骸。
ぷかりぷかりと白い腹を見せて浮いています。
「ねえ、やばくない?」
「やばい。気持ち悪くなってきた」
夫と私は真顔でした。生温かい水。駆け巡る人々。網で掬えてしまうほどの密度の濃い泥。魚の死骸。
娘が魚を掬いました。
「え?掬ったとき生きてたのに……」
娘は泣きそうな顔で言います。正直おさかな観察どころではないです。
「あ~~~~~!!!あそこに生きてるのいる!」
「どこ!?」
「俺がいく!!」
見知らぬ子供たちが魚の死骸をかき分け生きている魚に群がります。
そのしぶきが私の顔にかかり、この水がとても臭いことに気が付きました。
「かわいそうだよ」
息子が泣きそうな顔で言います。
「帰りたい。ママ、帰りたい」
娘は真顔でした。
「帰ろう」
私と夫は声を揃えて言いました。
来た時よりも早足で川を出ました。
振り返ると白い腹がぷかぷかと浮いていました。
ごめんね……。心の中で謝って出口へ向かいます。
川の滞在時間、5分。
暑い気温、汚れた服、生ぬるい水温に死んでいく魚。
正直、何も得られたものはありません。
私たち4人はどんよりとした気持ちで泥を洗い流すシャワーの列へ並びました。
列の横には見物用に捕獲した魚を水槽に入れて展示していました。
しかし、気温とさんざん引っ掻き回されたことにより水槽にいる魚もどんどんと死んでいきました。
どうやら捕まえた魚は運営に確認し、外来種でなければ持って帰ってもいいというルールがあったらしく、バケツに魚を入れた家族が列を作っていました。
シャワーに並ぶ横目でその列を見ます。
「すごいねぇ~お兄さん。魚詳しいんだ」
あるお父さんが関心したように言います。
「昔から川魚が好きで……こういうのさせてもらえて最高です。あ、これ死んでますね」
ぽーん。
と放物線を描いた魚の死骸は、もう水がすっかり抜けた沼地の上にぺちんと音をたてて落ちました。
灼けた小麦色の肌に白い歯をしたさわやかな青年は、ニコニコと笑いながら自分がどれだけ魚を好きかを語っています。
青年よ。
本当に君は魚が好きかい。
私たちは泥だらけの靴を脱ぎ、シャワーの列から外れました。
ウエットティッシュで足を拭いて最低限の泥を落とし、サンダルに履き替え車に向かいます。
駐車場へと続く100mほどの道を歩いている間、誰一人話をする人はいませんでした。
満車だった駐車場は、もうすでに半分近くは空になっていました。
おそらく先頭集団で私たちのような感情になった人たちが早々に退場したのでしょう。
「おさかな観察」といういかにも知育に良さそうなイベントがトラウマになった一日。
命の重さについて考えるには十分すぎるイベントでしたが、その代償は大きすぎました。
知らなかったとはいえ、罪のない生き物の住処を土足で踏み荒らし命まで奪ってしまったことにこの上ない罪悪感を覚えながら、私は必死に4足のスニーカーを洗いました。
二足捨てた。
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