「トイレ事件」
私は日頃から、すごく変なことを考えている。ものすごく。それは、いつ誰に刺されてもおかしくない、とか、電車のホームに今落とされてもおかしくない、とか、今、私がここで心筋梗塞で倒れるのもなくはない、とか。
最悪な事態を想定して、気をつけようと、いきなり周りをキョロキョロするのが、私の変なところだと思う。
でも、この変な考えが、役に立つ(?)時が来た。ある日、新宿駅で友達と待ち合わせをしようとした時のこと。友達が30分くらい遅れるというので、その間にもうカフェに入って待とうと思い、新宿駅のバスタ新宿側のサンマルクカフェで待つことにした。
サンマルクカフェに入って、周りを見渡すと満席で、唯一空いていた席がトイレの近くだった。トイレの近くだと、トイレに行きたくなるんだよなあ、と思いながら、荷物を置いて飲み物を買いに行った。コーヒーを買って、家計簿をつけていたら、案の定、尿意を催した。コーヒーを飲んでいるし、座っている席がトイレの近くだからだ。
トイレの表示が青になっていて、空いてるラッキーなんて思って、「ガチャ」とトイレのドアを開けると、
「入ってますすみません、閉め忘れました!!!」
と、私が開けた途端、中の人が大声を上げながらドアを閉めてきた。
私の反応は、「はーい」一言だった。
おかしい反応だと思う。中の人は、もちろんトイレの最中なので、下半身のズボンは下がったままで、「今入っています!!」と必死に目を合わせないように、こちらに存在を訴えかけてきた。私は、その人の顔の横顔も、下半身も見たのだ。それなのに、私の反応は、「はーい」。
初めて、私の変なところが役に立った。いつもおかしなことを考える私は、カフェのトイレに行くときに、ひとつ思っていたことがある。青という表示だからといって、人が入っていないわけではないよな、と。もし人が入っていたら面白いなーとか、閉め忘れていたら、相手が気まずいだろうなー、とか、私ならどんな反応をするんだろうなーなんて、イメージトレーニングを繰り返して2年近くが経った。2年の間、トイレに人が入っていたことなんて一度もなかった。
でも、そのイメトレが役に立つ時が来た。
2年経った今、新宿駅のサンマルクの青表示のトイレに、人が入っていたのだ!!!
しかし、やっぱり面白いもので、そういう時に限って、イメージトレーニングをしていない。油断していた。
なので、「はーい」と言った後、私の心臓はバクバクと動いていた。そして、最低限の気遣いとして、相手がトイレから出てきた時に「さっき私、下半身見られた…」なんて思われないように、元の席に戻り、何もなかったような顔をしてコーヒーを飲み、家計簿をつけることに集中して、トイレから出てきた女性の顔を見ないまま、「あ、トイレ空いたー」と何気ない足取りでトイレに向かった。
私は優しい人間だと思った。