女性キャラが髪を切る

これは「新・Anime喜怒哀楽」という連載の第3回のために書いたものです。掲載は2010年。もともとWEBでやっていた「Anime喜怒哀楽」が終わり、紙の別媒体で書いたものだった……と思います。アニメの中の喜怒哀楽に注目した、アニメエッセイでこういう原稿はまた書きたいなぁと思っています。この回は、喜怒哀楽の「哀」にフォーカスした話題で、ここに出てくる女性は、2011年に死んだ母ですね。

 ガンで闘病中の女性を見舞ったことがある。
 抗ガン剤の副作用はあまり出ていないとは言ってはいたが、やはり頭髪が抜け落ちることを免れることはできず、彼女はいつもニット帽を被っていた。
 そのニット帽をとった姿をたまたま見かけてしまったことがある。手術室に向かう彼女を送り、ふと振り返った拍子の出来事だった。こしのない短い髪がふわふわとまだらに生え、頭蓋の輪郭がはっきりと見えた。彼女は、いっそスキンヘッドにしたらという医師の薦めを断って、わずかに残った髪をそのままにしていたのだ。
 その時、その様子に胸を突かれつつ、思いだした場面があった。『天空の城ラピュタ』の一場面、もちろん髪の毛にまつわる場面だ。
 『天空の城ラピュタ』のラスト。
 崩壊するラピュタからなんとか脱出できた主人公パズーとシータは、見方の女海賊ドーラと合流する。
 ドーラの息子たちは、母船のタイガーモス号を失って騒いでいるが、ドーラはシータを優しく抱き留めるとこう言う。
「我慢しな。船なんてまた作ればいい、髪を切られたほうがよほどツライさね」
 シータは野心に溺れたムスカからラピュタを守ろうと決め、その決意故に、拳銃でおさげを撃ち落とされたのだった。
 女性キャラクターたちが、髪の一部を失う。それが強制の結果であれ、自発的な行為であれ、それは単なる髪型の変化ではすまない。そこにはある種の哀しさがつきまとう。
 女性キャラクターにとって、髪の毛を失うということは、ある種の決意といつもセットなのだ。そして、その決意の固さ故に、彼女たちは哀感を帯びる。
 手術室に向かう彼女からシータへと連想が繋がったのも、そこには決意と哀感があったからだと思う。
 決意と哀感は、自ら髪にハサミを入れる場合、一層明確になる。
 たとえば『機動戦士ガンダムF91』のヒロイン・セシリー。
 避難中のクラスメイトたちと離ればなれになり、突然、ロナ家の一員として迎えられたセシリー。どうやって生きていけばいいのか。祖父マイッツァーのいう通り、ロナ家の、そしてロナ家の治めるコスモ・バビロニアのアイドルを引き受けるべきなのか……。セシリーはその逡巡を断ち切るようにハサミを手にする。髪を切ることが、自分の決意を後押ししてくれると考えながら。
 あるいは『交響詩編エウレカセブン』。こちらではタルホがロングだった髪をばっさりショートにする。
 タルホにはパートナーのホランドがいる。長らく捕らわれていた悩みの泥沼からホランドが抜け出ようとし始めた時、タルホもまた髪を切った。いつまでも子供っぽいところで足踏みしてはいられない。大人になりたいという決意を込めて、タルホは髪を切ったのだ。
 二人とも決意を固めるまでの切迫感が、前向きな判断の中に、もの哀しさを漂わせている。
 ほかにも探せばさまざまな女性キャラクターたちが、自分なりの決意を貫くために髪を切り落とし、切り落とされている。『重戦機エルガイム』のガウ・ハ・レッシィ、『亡念のザムド』のハル……。少し思いだしても、さまざまなキャラクターの顔が浮かんでくる。
 それにしても、どうして女性が髪を失うことがここまで深い意味を持たされているのだろうか。
 少し調べてみると、やはり大昔から髪にはある種の力が宿っていると信じられていたようだ。
 たとえばこんな物語――。。
 紀元3世紀ごろ、エジプトを治めていたプトレマイオス3世が、アッシリアへ遠征をすることになった。妻のベレニケは、夫の無事を祈るためアフロディテの神殿へと赴き、夫の無事を願い、そこで「もし夫が無事に戻ってきましたら、私のこの髪を捧げます」と告げたという。やがて夫が戦で勝利したという知らせがもたらされた。ベレニケは自分の願いを聞き届けた神々に感謝して、約束通りその髪を切り落として神殿に捧げたという。このベレニケの髪が星座になったのが「かみのけ座」なのだそうだ。
 ここでも髪の毛は、夫を守りたいという悲壮な願いの引き替えとして切り落とされている。
 アニメの女性キャラクターたちは、きっとこのベレニケの遠い子孫なのだ。だから彼女たちは無意識のうちに、髪を失うことと自らの決意を結びつけているのだ。
 さて、抗ガン剤の彼女だが、一度手術を行った。でも、ガン細胞を全てとりきれず治療はまだ続いている。
 抗ガン剤で奪われた彼女の頭髪もまた神様への供物のだと思いたい。彼女の願いがどこかにいる神様に届きますように。ドーラがシータを抱きかかえて「髪を切られたほうがよほどツライさね」とねぎらったように、いつか髪を失ったことを振り返ることができる日がくることを願っている。



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