極私的アニメ名画座 第4回(終)

2003年に出版された単著『「アニメ評論家」宣言』(扶桑社)のための書き下ろし原稿を、分割して掲載する。7月発売の文庫『増補改訂版「アニメ評論家」宣言』(筑摩書房)からは惜しくもこぼれてしまったので、こちらにアップをする。

毎回共通の前口上

 本文で触れることができなかった作品を中心に、お薦め作品を二十本選ぶ。本稿の趣旨だ。
 だが、あらゆるアニメの中から二十本を選び出すということは非常に困難だ。また、選者の価値観を如実に反映してしまうという点では、厄介ですらある。だいたいこういう時は、お薦めなのだから「見れば絶対おもしろい作品」でなくてはいけないのだが、だからといって“皆さんご存じの傑作”ばかり並べれば、それはそれで野暮のそしりをまぬがれない。こういうリストはある程度、マイナーあるいはカルトという“わさび”を利かせるか、そこが重要なのだ。だからこそ、どんな基準で選ぶかがポイントとなる。ああ、難しい。
 いろいろ考えたが、というわけで今回は「名画座の特集上映」をイメージしてセレクトすることにした。具体的には「ややマイナー」だが「たまたま見たら結構面白かった」と言ってもらえるような作品であること。それが(かなりアバウトな)基準だ。だから今回は「アニメ史的に重要」とかそういう、啓蒙的要素は一切なし。
 選んだ作品は、「特集上映」らしく適当なテーマごとにまとめてみたが、そのテーマにはあまり意味がないので気にしないように。そのほか「個人的に好きなのでどうしてもプッシュしたい」という作品については、メジャーなものであってもリストの中に紛れ込ませたりもしている。まあ、好きなんだからしょうがない。勘弁していただきたい。
 ちなみに、いわゆるアートアニメ、それからディズニーを含む海外アニメについては、最初からエントリー外にした。いくつか入れたいもの(『詩人の生涯』とか『サウスパーク無修正映画版』など)はあったのだが、それぞれの作品の持つ背景や文脈などについて、ここで取り上げた作品ほどには詳しく知らないので、僕のような半可通が薦めてもしかたがないと考えた。
 自分がいろんな雑誌のベストテン企画をどんな風に楽しんでいるかを思い出せば分かるとおり、あれは「作品を評価している選者たちを値踏みする」ことが一番愉快だ。このリストもそんなふうに楽しんでもらい、ついでにレンタルビデオ店などで作品を選ぶときの参考にしてもらえたらありがたい。

第四部 幸福な家族はみな似ている

 とりあえず家族が登場する作品を5本。テーマはバラバラだけど……。
『クレヨンしんちゃん 雲黒斎の野望』。確かに『嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』『嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦』はどちらも非常に完成度の高い娯楽映画で、その完成度の高さと叙情の深さには感動もする。でも「クレしん」はもっとオバカで、その「バカさ」ゆえに、あらゆるジャンルを横断可能な超絶エンターテインメントになるところが魅力だと思う。これはつまり、戦国時代に到着して「危ないから帰ろう」とマジメにリアクションするヒロシと、「どうせならこの時代で一国一城の主を目指すか」と軽薄に考えるヒロシ――どちらが物語を激しくグルーヴさせるか、ということでもある。というわけで、時代劇と思わせ、クライマックスで時間SFになるという大技を、歴史改変された未来のばかばかしいビジュアルとともぶちかましてくれた本作を強く推薦したい。
『Cosmic Baton Girl コメットさん☆』は、普通のアニメだ。ただ、この「普通」のアニメというものがなかなか成立しないのが、今のアニメの状況の難しいところ。『コメットさん☆』は、今風に妙に過剰になることもなく、自然体の雰囲気が見ていて気持ちがよかった。一見マンガ的なキャラクターが実際は立体感をもって描かれていたり、背景も適度にリアルな雰囲気があったりしたことも、この世界をぐっと魅力的に見せていたと思う。コメットさんを演じた前田亜希の落ち着いた声もよかった。視聴率が低かったのか、商品がイマイチ売れなかったのか、全43話という中途半端な話数で完結となった。残念。未見の人には是非見てもらいたい逸品。
『ユンカース・カム・ヒア』は、今の日本を舞台にしても、一種の生活アニメが可能であることを実感できる作品。こういう今の日本の風景を描いたアニメは、もっとあってもいいと思う。ここに登場する飼い犬のユンカースは、まさに心理学用語でいうところの移行対象ではないかと思うのだが、そういう分析は専門家に任せて、「奇跡」という、物語でしかあり得ない体験を噛みしめればそれでいいのだ。ただしこの映画の「奇跡」は、絵空事の「奇跡」ではなく、どこかで僕たちの足下の現実とつながっている。それは、現実の日本の風景がちゃんと描かれていることと無縁ではない。スタッフはあくまで、今の日本を舞台にすることで「本当」のことを描こうとしたのだと思う。だから物語に一抹の苦さは残ることになるのだが、その真面目な姿勢がかえって心地よい。こういう路線で、もっと作品が作られないだろうか。
『ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌』はミュージカルアニメの傑作。ちびまる子版イエローサブマリンとでも言えばいいだろうか、本編の間に差し挟まれるさまざまな挿入曲などにに合わせて、個性豊かなアニメーションが展開するのが楽しい。挿入曲は既成曲が多く、個人的にお薦めは「1968年のドラッグレース」(大滝詠一)、「買い物ブギ」(笠置シズ子)だ。
『機動戦士ガンダム 第08MS小隊 ラスト・リゾート』は、ビデオシリーズ終了後の後日談。名前をめぐる疑似家族の物語として見事に完成していて、こういうのに弱い僕としてはラインナップせざるをえない。また後日談とはいえ蛇足にならず、一旦完結している本編に対するささやかなエピローグとしての役割もちゃんと果たしている。諸般の事情で制作されることになったエピソードだが、こういう小さいけれども、味わいのある、物語を作れる余地がガンダム世界にはあるということの証明にもなったと思う。
 最後は『ホーホケキョ となりの山田くん』。ジブリ作品の中では目を引くほどのコケぶりで、嗤われたり、無視されたりしている作品だが、僕はこれを見ながらホロリとした。自分は偽れないのでここに挙げる。ホロリとしたシーンの筆頭は、桃の中から長男が生まれ、竹藪の中から長女が生まれるシーン。子供が生まれるシーンはキリスト教的イメージを借りることが多いと思うが、日本には日本ならではのイメージのリソースがあるのだということに気づかされた。と同時に、ちゃんと自分の中にそういうリソースに反応する部分があることに驚いた。「説教くさい」云々という批判は、それこそテーマに縛られて見ている証拠。もっと気楽に、登場人物たちの喜怒哀楽に身をゆだねればそれでいいい。

ああ、それでも1本オーバーしてしまった。やっぱりアニメっておもしろいじゃん。

DATA
『クレヨンしんちゃん 雲黒斎の野望』(1995年)
監督/本郷みつる 演出/原恵一 作画監督/原勝徳・堤のりゆき 原作/臼井儀人
『Cosmic Baton Girl コメットさん』(2001年)
監督/神戸守 シリーズ構成/おけやあきら キャラクターデザイン/まきだかずあき
『ユンカース・カム・ヒア』(1995年)
監督/佐藤順一 脚本/布勢博一 キャラクターデザイン/小松原一男 原作/木根尚登
『ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌』(1992年)
監督/須田裕美子・芝山努 作画監督/生野裕子・藤森雅也・柳田義明 原作・脚本/さくらももこ
『機動戦士ガンダム 第08MS小隊 ラスト・リゾート 』
監督/森邦宏・仕舞屋鉄 脚本/北嶋博明 作画監督/佐藤淳
『ホーホケキョ となりの山田くん』(1999年)
監督・脚色/高畑勲 作画監督/小西賢一 演出/田辺修・百瀬義行 原作/いしいひさいち


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