東京物語

 ぼくは母と一緒に東京へ旅だった。魂を癒すための旅だ。それはぼくではなく母のための旅でもあり、ぼくのための旅でもあった。大森に行って明治梱包があったことを確かめたらふたりともほっとした。レクイエムの旅となったのだ。跡地には立派なマンションが建っていたが、面影は確かにあったのだ。ぼくは銀座で山野楽器のクラシックコーナーでバッハの『ロ短調ミサ曲』を手にいれるためだけに東京へいったようなものだったので母には迷惑だったろう。

 しかし、迷惑はお互いさまだ。神経をすりへらしながら新幹線にのり音楽を聴きながら本を読んで東京への過程を愉しんだ。教文館書店にも立ち寄った。山野楽器の目と鼻の先にあったので母と入ったが、キリスト教コーナーは秘密の部屋の趣を呈していた。そこには神学書、注釈書の類がならんでいた。圧倒的だった。カール・バルトの『ローマ書講解』はありますか、と品のよさそうな店員さんに訊いたら絶版ですと返事がかえってきたので残念に思った。

 その後、山野楽器によってオットー・クレンペラー指揮のバッハ『ロ短調ミサ曲』を母におねだりした。カラヤンの指揮とはちがった重々しさが感じられた。かたちあるものを手に入れることかたちなきものをみつめることの大切さを感じられた旅だった。

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